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ライジング!  作者: 御堂志生
第四章 女神の休日
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(7)特別の意味


 ――なくてはならない人。

 眞理子がそう言い切った時、光次郎は言葉を失った。〝ベストパートナー〟そんな意味で眞理子が口にしたとは思いもしない。男としてそれほど南を必要としてるのか、光次郎の胸に鋭い痛みが走った。


「皆の前で、いや、親の前で昔のことは言わないで欲しい。私には過去のことでも、両親にとっては違うだろう。それに、光次郎……五年前のことであんたを縛ってるなら、この通り謝る。あの時は悪かった」

 薄暗闇の中、眞理子は光次郎に頭を下げる。

 そんな眞理子の態度に、彼の中で男の意地が頭をもたげた。

「誰が五年も昔のことに縛られてんだよ。いつまでも昔の男を引き摺ってるお前が可哀想だから、俺が引き受けてやってもいいって思っただけだ。言っちゃなんだが、オレンジ色の活動服は着てるだけでモテるんだぜ。お前なんか目じゃねえよ」

 オレンジ色はレスキュー隊員の証である。光次郎の言葉に眞理子は頭を上げ、フッと笑った。

「へぇ、言うじゃない。だったら、一度くらい彼女ってのに会わせてよ」

「いいぜ。後悔すんなよ」

 強気の口調で胸を張り、光次郎は顎を上げた。だが、眞理子の目は見ようとしない。そんな彼から眞理子も目を逸らせて、「戻ろうか」そう声を掛けた。



~*~*~*~*~



 唐突に眞理子が光次郎を連れ姿を消し、室内は重い空気が流れていた。

 二人のレスキュー隊員はまだ若く、機転を利かせて話を振るようなことは出来ない。ただ一人、眞理子の母だけがどうにか場を和ませようとしていた。南も呼応するのだが、滅多なことは口に出来ない。曖昧な笑顔を見せ相槌を打つくらいだ。


「南さん……ご兄弟は?」

 不意に、眞理子の父が南を睨みつつ質問を始めた。

「え? あ、はい。弟と妹が居ます」

「あなたはご長男なわけだ」

「……はい」

 いよいよ来たようだ、と南は背筋を正した。だが、この場に眞理子がいないのは甚だ不味い。一刻も早く眞理子が戻って来ることを願う南であった。



 南の実家は静岡市内にある。家族は母と三歳下の妹、十歳下の弟がいた。父親は弟が生まれた数ヶ月後、交通事故に巻き込まれ亡くなった。以来、母は女手一つで三人の子供を育ててくれた。

 そのせいか、南は周囲に気が回る大人びた少年だった。働きに出る母親に代わって、小学校高学年の頃から弟の保育園の送り迎えをやっていたくらいだ。

 彼が高校三年の時、優秀な南を少しでも良い大学にやりたいと教師に言われ、母親は京都に送り出してくれた。彼自身も、授業料免除と奨学金制度を利用。そしてロッククライミングの費用から生活費まで、全てバイトで賄う苦学生であった。女子学生と遊ぶ時間がなかったのも頷けよう。

 大学卒業後の就職は、地元で公務員になると決めていた。半ば予定通りだが、警察官、それも山岳警察に入ることは予定外だった。母親の期待に背いたかも知れないと、南は少しだけ後悔している。

 二十九歳の妹は独身。現在は母親と二人暮しだ。

 二十二歳の弟は上二人と違い、なんと高校卒業と同時に結婚。同じ歳の妻と二人の娘がいる良きパパである。



「では、いずれあなたがお母さんの面倒を見るんですな」

 母子家庭に対する非難や差別ではなく、父親として娘の苦労を考えての言葉だろう。その親心が判るだけに、南は曖昧に頷くことしか出来ない。

「ちょっとお父さん! そんな言い方は失礼ですよ」

「失礼なものか! 三十二といえば将来のことを考えても遅くない歳だ。親だっていつまでも若くはないんだぞ」

 眞理子の母が止めるのも聞かず、南の本意が気になるのか、父親として更なる質問をした。


「うちの娘も年が明けたらすぐに三十です。あんなハネッ返りだが、一度くらいは嫁にやるつもりだ。できれば孫の顔だって見てみたいんですよ。南さん、あなたは一体どういうつもりで我が家に来られたんでしょうか? そこの所をハッキリさせて貰いたいんですがね!」



~*~*~*~*~



 父の声が聞こえ、眞理子は慌てて和室に飛び込んだ。

 どうやら、眞理子が居なくなったのを幸いに、父が南を締め上げているらしい。南は忍耐強く根気のあるタイプだ。滅多なことで声高に反論はしない。言葉遣いが丁寧なため優柔不断に思われがちだが、部下の中では最も男気のあるほうだと眞理子は思っている。

 眞理子の気持ちをおもんばかって、何を言われても黙って耐えているであろう南に、彼女は申し訳なさで一杯だった。


 そして今回は、父だけを責めることは出来ない。

 三十近い娘が交際中を匂わせ、同僚の男を家に連れて来たのだ。結婚の申し込みかと、親ならピリピリして当然だろう。

 嫌がる娘に結婚相手を押し付ける父も父だが……。その対抗馬に南を立てたのは、誤りだったのかも知れない。上司の権利を振り翳し、部下を利用したなら、やっていることは父と変わりない。眞理子は責任を痛感した。



「お父さん! 副長にそれ以上失礼なことを言わないで!」

 眞理子の厳しい声に父の矛先は娘に向かう。

「失礼なのはどっちだ! とっ、とくべつな関係だと、母さんに言ったそうじゃないか!? それをノラリクラリとするだけで、ハッキリ言わんからだ!」

「ハッキリも何も……付き合い始めたばかりで、先のことはこれから……」

 父はそんな眞理子の返事に納得出来ないらしい。

「お前は、自分が幾つだと思っとるんだ! 三十にもなって」

「まだ二十九!」

「屁理屈を言うなっ!」

「とにかく、副長は父さんが倒れたって聞いて、挨拶に寄られただけ! ホテルに泊まるって仰るのを、うちにどうぞ、って私が言ったの。それとも何? 結婚相手以外は客も呼ぶなって言うわけ!?」

 眞理子の勢いに、次第に父も押され始めた。

「じゃあ……後になって、お前をくれとか言い出さんな!」

 何、馬鹿なことを言ってるの。――眞理子がそう言い返そうとした時だった。

 

「いや……それは、ちょっと」


「え?」

 横から聞こえた南の否定に、眞理子は父と声を揃えて彼を見る。

 南の視線は途端に中空を彷徨い始め……。

 だが、彼の言葉に眞理子のほうが驚いていた。彼女にとっての〝特別〟と、南の言う〝特別〟は意味が違っていたのではないか――。そう思って初めて、彼が眞理子と風見本部長の関係を気遣った時の言動やら、眞理子が屋久島で見合い結婚を決めたと勘違いした時の挙動不審さに得心が行く。

 眞理子はあらためて南の顔をまじまじと見つめた。


「おいっ! 一体どっちなんだ!」

 二人の様子に、父の疑惑は解消するどころか大きくなってしまった。

 眞理子は一旦心を閉じて、リセットする。


「とにかく、これだけは覚えておいて。三十になろうが四十になろうが、結婚したいと思ったら結婚する。相手の仕事なんて関係ない。今の私は不幸せじゃないから……これ以上、押し付けないで」


 南の腕を取ると眞理子は和室を後にした。

 父は納得出来かねると言った声で娘の名を呼び、母はそんな父を宥めている。いつもであれば、両親に心配を掛けて申し訳ないと考える眞理子だが、今回はとても気が回らない。


 ――なくてはならない人。


 自ら口にした言葉が重く圧し掛かる。傍らに立つ南の存在に、戸惑いを覚える眞理子だった。



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