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ライジング!  作者: 御堂志生
第三章 洋上の女神
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(7)茶番

『と、いうことは……これはマジで見合いな訳ね。本部長』


 ハイビスカス柄のムームーより、紳士用のアロハを羽織り、眞理子はベッドに腰掛けていた。ホテルが用意してくれた浴衣代わりのサービスである。濡れた髪を白いタオルで包み、眞理子の肌はほんのり桜色に上気していた。誰が見てもシャワーの直後だろう。

 十時間の行程を六時間に縮め、十四時前には眞理子はホテルに戻って来ていた。


『だから、俺は無駄だって言ったんだ。でも、反対したら……本当に不倫関係にあるのか、って聞かれるしさ』

 眞理子が改めて本部長室に電話をすると、今度は風見が出た。彼も電話が来ることは予想していたらしい。

『瀧川ってさ、どことなく藤堂さんに似てるだろ? 腕もまずまずなんだよなぁ。ホントは奴には会わせたくなかったんだけどな……』


 風見のそんな態度が、那智に見合いを計画させたんじゃないか、と眞理子は思う。

『藤堂隊長に似てて、キャリアで、私と同い年だし……屋久杉見に行ったら、早速、肩に手を回してきたし、ね。かなーり、手の早そうな男みたい。さて、アッチのほうはどうかな? 早速今夜試してみよう』

 ぶっきらぼうな眞理子の口調に、風見のほうが慌てている。

『おいおい……眞理子、冗談だろ?』

『年内にはパパになるんだって? 今度ふざけたら……K点からバンジーさせるからねっ! 覚悟しときなよ、本部長!』

『いや、それは……あの』


 言いたいことだけ言って、眞理子はピッと携帯を切る。

 しかし、間髪入れず眞理子の携帯からメロディが鳴り始めた。



 眞理子は仕方なく電話を取り、 

『いくら言っても無駄! 少なくともこっちの隊長のほうが……』

『あ、あの……隊長?』

 携帯から聞こえた声は南であった。

 着信番号を確認すべきだった、と思っても遅い。


『ああ……南。悪い、間違えた。どうした?』


 咄嗟に眞理子は声を引き締める。南は勤務中のはずだ。余程のことがなければ、私用電話などするような奴ではない。

 部下に何かあったのでは? と眞理子は心配になった。だが、この距離ではどんな不測の事態が起こったとしても、眞理子には何も出来ない。

 南のことは信じている。実力も申し分ないはずだ。だが瀧川とは逆に、何かと自信の足りない男だった。


『いえ。出動はありましたが、特に問題は』

『そうか。よかった。じゃあ、何?』

『えっと……あの』



 南にとって聞きたいことはもちろん――見合いの件である。

 本当に見合いをしたのか? 相手はどうだったのか? もし結婚するなら……仕事はどうするのか? 聞きたいことはたくさんあるのに、一つも聞くことが出来ない。

 らしくもなく、南は他の隊員の目を盗み、仮眠室に入り携帯を掛けている。このままでは気になって任務に集中出来ないからだ。しかし……「何でもありません」としか言えず、電話を切る南であった。



~*~*~*~*~



 レセプションパーティまで時間が迫っていた。

 眞理子は用意して来たパーティドレスを着て一階に下りて行く。屋久杉のオブジェが置かれた吹き抜けのエントランスは、黒山の人だかりであった。その全員がバンケットホールのあるオープン階段の方を向いている。

 頭越しに視線をやると、例の長崎優花巡査が階段を上っていた。それも……なぜか八十キロは超えていそうな大男を背負って、である。正直、眞理子には訳が判らない。

 唖然とする眞理子に声を掛ける男がいた。――瀧川だ。


「やあ、眞理子さん。さすがに美しいな。素晴らしいプロポーションだ」


 パーティに出席するため、眞理子は黒のイブニングドレスを着ていた。ホルターネックで背中は腰近くまで見えている。バスト部分もセンターラインが開いていて、胸の谷間がクッキリ見えるセクシーなデザインだ。生地はシルク、特にブランドものではない。だが、眞理子の自信のほどが窺えるカーヴィラインのドレスであった。

 だが、何より彼女を輝かせているのは、そのピンと張った姿勢だろう。


「そんなことより、彼女に何をさせているんです!?」

「ああ……まあ、見てくれ。あれが昼間話した、うちの女性隊員だ」


 

 ――「装備や下準備など、誰でも出来ることが私の仕事ですから」

 眞理子は優花の言葉が気に掛かり、縄文杉までの道中、瀧川に質問した。


「それくらいしか女性に出来る仕事はないでしょう? 迷惑な話です。ああ、あなたくらい美しければ別だが……うちのは華には程遠い。ただのお荷物ですよ。自覚がないのがまた問題だ」

 

 その返事に、眞理子の瀧川に対する評点がさらに下がったのは言うまでもない。



「男と同じことが出来る、と言って聞かなくてね。仕方がないから……じゃあ、大の男を背負ってここが上れるか? と聞いてやったんだ」

 瀧川は「いいアイデアだろう」と言わんばかりの表情だ。

 レスキューにおいて要救助者を担いで登攀、或いは下山するケースは多い。それを想定してのことだろうが……。

「やると言うんで、やらせている所なんだ。しかし……ああ、ほら、あれで何が出来ると言うんだろうな」

 瀧川は可笑しそうに言うと、頬を歪めて冷笑した。


 

 幅二メートル程の階段を優花は上っていた。階段は直線だが、ちょうど真ん中に踊り場がある。彼女は後二・三段で踊り場に到着する辺りだ。

 しかし、優花の足下はふらふらで、腰の位置も定まっていない。その為、体の軸がぶれており、すぐにも膝を突きそうだ。彼女がバランスを崩して階段を踏み外せば、二人とも大怪我をしかねない。


「すぐに止めさせて下さい! 試すなら登攀でも何でも、レスキューに相応しい方法があるでしょう? どちらにしても、こんな危険なことをなぜ許可するんですか!?」

「そうは言っても、彼女は私の言うことなど聞かないし、困ってるんだよ。……いっそ」


 怪我でもしてくれたら……。

 そんな浅ましい根性が見え隠れし、眞理子は反吐が出そうになる。


 瀧川に見切りをつけ、眞理子は人混みを掻き分けて階段に向かった。

 その直後である。優花が大きくふらついた。背負われた男は自分が落ちまいと彼女を押しやりバランスを取ろうとする。その瞬間、優花は足を踏み外し――。




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