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ライジング!  作者: 御堂志生
第三章 洋上の女神
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(4)見合い

 眞理子が汗を流してサッパリするか……それとも空腹を満たすか思案していた時だ。今度は内線電話が鳴る。それは眞理子の選択肢を一つにしてくれるものであった。



「眞理子くん! こっちだ、こっち」


 電話の主に呼び出され、眞理子はロビーに下りて行った。一人でラウンジに座り、眞理子を見るなり片手を上げ手招きしてくれたのは山岳警察総本部長の那智である。定年まで後一~二年といった辺りか。髪には白いものがチラホラ見える、小柄な紳士だ。

 

「那智総本部長……ご無沙汰しております」

 眞理子は屈託ない笑顔を見せ、礼儀正しく頭を下げた。

「いやあ、よく来てくれたね。風見くんに頼んだんだが……彼に邪魔されるかと思ったよ」

「邪魔? なんで風見本部長が?」

「いやいや、彼の執心ぶりは聞いているよ。年末には父親になると言うのに……困ったものだ」

「お子さんが生まれるんですか?」

「聞いてなかったのかい?」


 聞いているはずがない。つい先週もしつこく食事に誘われたばかりである。

(あの野郎! 妻の妊娠中に浮気心出しやがって……帰ったら締めてやる!)

 眞理子は心の中でポキポキ指を鳴らした。


「眞理子くん、これから最上階のメインダイニングで食事をするんだ。君も来たまえ」

「え? ご夕食まだだったんですか? でも、私なんかがお邪魔をしては」

 

 何と言っても那智は山岳警察で“一番偉い人”である。食事も独りではないはずだ。

 さすがの眞理子も金色の階級章を持つ人間ばかりに囲まれては、カップめんやインスタントカレーのほうが美味しいだろう。


「大丈夫だ。それとも約束でもあるのかね?」

「いえ、とんでもない。いくら私でも、この時間で食事を奢ってくれる男性を見つけるほど、手早くはありませんから」

 眞理子の返事に那智は軽く笑い、肘を差し出す。

「――では、私ではどうかね? 夕飯をご馳走しよう」

「喜んで!」

 笑顔で頷く眞理子だった。



 最上階の窓際、とくに個室という訳ではないが、他とは隔離されたスペースにテーブルは用意されていた。

 正方形の四人掛け、セッティングはきっちり四人分だ。眞理子は那智の右隣に通され、何か仕組まれたものを感じつつ……。

(ま、取って食われることはないだろう)

 別段気にすることなく、鷹揚に構える辺りが彼女らしい所である。


「お待たせ致しました。総本部長」

 眞理子らが着席して一分も経たず、二人の人間がやって来る。どうやら、到着を待ち構えていたようだ。総本部長に合わせて眞理子も立ち上がり、二人に挨拶をした。

 声を掛けたのが、どうやら鹿児島県山岳警察本部長のようだ。名前は確か……箕輪みのわと言ったように思う。眞理子はこういった集まりには疎遠なため、今ひとつ自信がない。

 そしてその隣に立つ人物と視線を合わせた瞬間、眞理子はドキッとした。かつての恋人、藤堂にどことなく似ている。いや、眞理子が出会った当初の彼に似ている、と言うべきだろう。目の前に立つ男性は、眞理子と同世代に見える。


「ああ、眞理子くん、紹介しよう。こちらは鹿児島県山岳警察の箕輪本部長と、同じく、霧島山岳警備隊の隊長、瀧川くんだ」

「瀧川修司です。よろしく」


 声は違うな、と眞理子は思った。

 藤堂は包み込むような温かい声だ。二人きりになると、その熱に蕩けたチョコレートのように、甘く変化する。だが、瀧川の声は硬質で冷たかった。


 那智はそんな眞理子の反応を横目で見ながら……「彼女が富士の隊長、沖くんだ。以前も話したが、私の知ってる最高のレスキュー隊員でね」

「総本部長殿、大袈裟です。――沖眞理子です。はじめまして……こちらこそよろしくお願いします」

「どうだい、眞理子くん。彼を見ていると、懐かしい気分にならないか?」

「!?」

 お茶目にも那智は眞理子に向かってウインクをして見せた。どうやら彼も、瀧川が藤堂に似ていると感じているようだ。眞理子は少し目を見開くが、敢えて何も答えず、曖昧に微笑み返したのだった。



 食事はヒレステーキからお刺身まで揃った、和洋折衷料理であった。

 しかし、その料理越しに感じるのは……愉快そうな那智の表情と、眞理子を値踏みするような瀧川の視線。さすがに味わう気分にはならないが、とにかく食べられる時に食べる、が基本の眞理子である。

 眞理子は三人の話には加わらず、黙々と食事を続けるのだった。


「……といった功績を認められてね。彼は明日、総本部長賞を受賞するんだ。で、眞理子くん。君にその花束贈呈役をやって欲しいんだが」

 いきなり那智に話をふられ、眞理子はすり下ろしたかぶらと湯葉の料理を口に含んだ途端飲み込んでしまった。慌ててグラスの水で流し込みつつ……。

「わ、私が、ですか? どうしてまた」

「今回の定例会議のメンバーで、女性は君だけだ。君は我が山岳警察の華だからね」

「ええ、そうですね。さすが都会のほうは違う。うちの山岳警察には芋娘ばっかりですよ。いやあ、さすが日本一の富士山ですなぁ。隊長さんも華やかだ」


 この鹿児島本部長は天然だろうか? 

 褒めているのか馬鹿にしているのか……眞理子にもよく判らない。


「どうかな、瀧川くん。眞理子くんは山岳警察一の美人だろう?」

「ええそうですね。むしろ、警察庁一と言ってもいい。私は東京の大学に行きましたが、都内にもあなたほどの人は見たことがない」

 あからさまなお世辞に寒いものを感じながら、眞理子は初めて質問をしてみる。

「……ひょっとして、東京大学ですか?」

「そうです。眞理子さんのお兄さんと一緒ですよ」

「よくご存知ですね。下の兄がそうですが……。瀧川さんはキャリアですか?」

「もちろんです。僕は父の背中を見て警察官僚になりました。でも、登山の経験も活かしたくて、山岳警察を希望したんです。ああ、申し訳ないが、僕を風見警視正と同じだとは思わないで欲しいな。彼は富士でお飾りの副隊長だったらしいが、僕は違います。実戦でもきっちり結果は出してますよ」

「はぁ……」


(どっちにしても上から目線は同じじゃないか)

 そんな言葉を眞理子は飲み込む。


「どうだね? 瀧川くんは少々自信家な面はあるが……実力もある男だよ」

「どう、と言われましても……仰る意味がよく判らないんですが」

 もちろん眞理子にも判っている。だが、まさか那智の呼び出しにこんな裏があるとは考えもしなかった。

「眞理子さん、明日、一緒に縄文杉を見に行きませんか? この辺りは僕の庭と同じです。どこでもご案内しますよ」

「え? いえ、明日は午後から定例会議が……」

「長岡くんが来ているだろう? 彼に任せておけばいい。夜のレセプションにだけ出てくれたらいいんだ。遠慮せずに行って来たまえ」


 遠慮なんかしてませんよ、と怒鳴るのを我慢し、ため息を微笑で誤魔化した眞理子であった。

 



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