34 勉強会と手紙
◇
「休日なのに集まってくれてありがとう!」
パンッと両手を叩き、私は寮の食堂内で元気よく告げる。
私の前には魔法科Aクラスの皆が食堂の席に座っている状態だ。
テーブルにはそれぞれ持ち込んだ教材が置かれている。
少し前にレルリラが勉強会を企画した為だ。
今まで昇級試験はその年で習ってきたことが主だった。
一年の時の二年になるための進級試験は、魔法陣と詠唱魔法の実技テスト。
二年の時は、先生が作ったゴーレムとの実技テスト。
三年の時は、探知魔法での魔力操作のテスト。
五年最後の卒業試験では、場所が闘技場ということもあり実技テストが行われる筈だから、今年はなんだろうと考えると、今行っている解除魔法が一番可能性が高かった。
しかも解除魔法は探知魔法と発動スピードが重要と先生は言ったが、逆に考えるといかに沢山の魔方陣を知っているのか、それが全てだと考えられるからこそ、ここは初心に戻り魔方陣の勉強をしようと思ったのだ。
ちなみに先生がポロリと言った言葉。
『あ、解除魔法は属性関係なく使えるからな』
これが一番の理由でもある。
属性魔法はその属性の魔力がなければ発動しない。
例え魔方陣が完璧にできていても、魔力が十分に足りていたとしても、属性の魔力でないと発動しない。
だけど先生が言ったように解除魔法が属性関係なく使えるということは、別の属性魔法を封じることも出来るという事だ。
なんてすごい魔法なんだと思った時、私は水属性以外の魔方陣を勉強していなかったことに気付く。
いや生活に使える魔法ならいくつか覚えているが、特に雷の魔法とか全く知らないといっていいくらいに知らないのだ。
(しかも火属性と風属性の魔方陣を学べば、レルリラに勝てる可能性も十分にある!)
卒業試験は闘技場での試験という事で、実技試験が例年行われているとレロサーナは言っていた。
そして一般公開されるということは対人戦が行われる可能性も高くある。ちなみにこれも例年だとそうだとレロサーナが言っていた。
自分の息子、娘が他の息子、娘に勝てたら親として凄く嬉しいだろう。
子供だって自分が頑張ってる姿を見せたいと思うだろう。
だから確実といえるくらい卒業試験は対人戦が行われるだろう。
つまりだ。
レルリラと同じ位、ううん、寧ろレルリラよりも極めて、そして火属性と風属性の魔方陣を沢山学べば、最後の最後でレルリラに勝てる可能性があるというものだ。
(レルリラは私のライバルってことは入学当初から変わってないもんね!)
現状そのライバルから教わっているのだが、私が強くなるためには必要な事なのだ。
ここは心を強く持たなければならないところである。
私は内心ニヤニヤしながら皆に向かって言った。
「じゃあ、各自勉強しよう!」
各自で勉強するなら集まった意味あるのかと思われるかもしれないが、当然意味はある。
属性魔法は属性ごとに学んだため、各属性の人が近場にいたほうが確認しやすいのだ。
例え教材で学んだとしても、各々で改良している可能性だってある。
特にレルリラとか。こいつ二属性持ちだからね。
魔法陣というものは魔法研究所が開発しているものを私達が使っているのが基本だけど、個人で改良しているケースもあるのだ。
特にレルリラみたいに二属性持ちとかね。
それに「そっちよりこっちのほうが使い勝手がいいんだよな」とかいう感想はやっぱり実際に魔法を使った人じゃないとわからない。
今から自分の属性じゃない魔法を全て学んで覚えるなど現実的ではないため、一般的に使われる魔方陣に的を当てて覚えていった方が効率がいい。
だから絶対意味はあるのに……。
「………、なにを書けばいい?」
「………」
なんでこいつは、まっさらな便箋に向かい、真剣な眼差しで私の方をみているのだろうか。
◇
「え!?まだ書いていなかったの!?便箋買ったの先週だよ!?」
私は驚いてレルリラと便箋を交互にみる。
思った以上に近づいてしまったが仕方ないよね。だって驚いてしまったんだから。
そしてレルリラはというと少しだけ目を伏せて、恥ずかしそうに頬を染めた。
いや、なんでここで頬を赤らませる?おかしくない?
そこは気まずそうに眼を逸らす、だけでいいと思うんだけど。
「手紙を書くの、手伝うって言っただろう」
「確かにいったけど……」
あれから一週間が経っているのだ。
なにも尋ねられずに日が経っていれば、私に聞かなくても書けたものなのだろうと思って当たり前だと私は思った。
だけどレルリラはそうじゃなかった。
目を伏せていたレルリラは私と目を合わせて、口を開く。
「…なにを書けばいいのかわからない」
「……」
じっと見つめられると、なんだか様子を伺わなかった私が悪いかのような錯覚に陥ってしまい、私ははぁと溜息をついた。
「わかった。手紙を書く相手はレルリラのお父さん、だよね?」
「ああ。…母上に、と思ったが母上のことを知らせてくれたのが父上だからな。
まずは父上にその返事を書きたい」
レルリラにもそこら辺を考えることができたのかと、私はふんふん頷いた。
ならもっと早く書こうと思えというツッコミは行わない。
せっかく書く気持ちになってくれたのだ。
レルリラの今の気持ちを決して害してはならない。
「じゃあ最初にいっておくけど、私は例え家族にあてたものだとしても、貴族の手紙の書き方なんてわからないから一つの案として受け止めてね。
まず、私は手紙では最初に二人の安否を確認する言葉を書いてるわ。
“お父さん、お母さん。元気?変わったことはない?”ってな感じでね。
その次には自分の事。“私は元気に暮らしてるよ”。
大丈夫?って聞いているのに自分の事は書いてないだなんて、何かあったんじゃないかって思っちゃうかもしれないからね」
「わかった」
「勿論貴族の家族間でも同じようなことを書いて問題ないかはわからないけど、レルリラは家族仲は良いっていっていたから、書いても問題ないかも。
次は日常のこと。こういうことを学んだとか、友達の事や寮での事とか、私生活の事を色々書いてるわ。
レルリラの場合はお父さんからの手紙の返事だから、私のように私生活じゃなくてお父さんからの手紙の内容を思い出して、その返事を書けばと思う」
「わかった」
「じゃあ、書いてみて」
「その前に一つ聞いていいか?」
「なに?」
ペンをおいて私をじっと見つめるレルリラに、私は首を傾げる。
一体何がわからないのだろう。
やけに真剣な眼差しをするレルリラに私もなんだか緊張してきた。
「お前、友達の事を手紙に書いてるっていっただろう。俺の事_」
「お前ら他所でやってくれないか?」
レルリラの言葉を遮ってそういったのはサーだった。
むすっとした顔で私たちを睨むサーから視線を外すと、苦笑するみんなの表情がちらほら見える。
「つかお前らが言ったんだろ?勉強会しようって。
なのになんで勉強しないで手紙書いてんだよ。おかしいだろ」
「あ、ごめん。確かにそうだね」
レルリラの手紙を書く雰囲気に流されてしまったけれど、今日は皆と一緒に勉強をするために休日に集まってもらったのだ。
それなのに勉強をしないで違うことをしていたのだからいい気はしない筈だと謝罪すると、まだむすっとした顔をしているサーに指を向けられる。
「つーわけで、サラ。お前図書室から資料借りて来いよ。
全属性分の魔法書な!」
「えええ!それどれだけあると思ってるのよ!」
「誘ったくせに勉強しないでイチャついてたやつへの罰だよ!」
「はぁ!?」
イチャついてないし!と反論したが、まぁまぁとエステルとレロサーナに宥められ、「運ぶの手伝うから」と背中を押されて私は二人と一緒に食堂から出る。
バタンと閉められた扉の向こう側でどんな会話がされているのかを知らないまま、私は二人と一緒に学園の図書室へと向かったのだった。
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「レルリラ、お前ここがどこかわかってやってるのか?」
サラが出ていったことを確認し、サーがレルリラに尋ねる。
後頭部を粗々しく触る様子はどうみても不機嫌に見えた。
そんなサーにレルリラは不思議そうに見上げる。
「なにがだ?」
全くわかっていなそうなレルリラの言葉にサーはため息をついた。
そんなサーを宥めるかのようにやってくるのは、サーの隣に座っていたマルコだ。
マルコは苦笑を浮かべながらレルリラがわかるように言葉を考えながら告げる。
「あのさ、だいぶ少なくなったとはいえ、サラはお前のことを好きな女性から嫌がらせを受けてるだろ?ここは魔法科Aクラスだけが使う教室じゃなくて、同学年の生徒全員が使う寮の食堂なんだ。
扉も中の様子が見える透明のガラスで、今は休日だから誰がここを通りかかってみるかわからない。
お前がサラを好きなのはわかってるけど、ああいうのは他の生徒から見られない教室とかで_」
「なんで俺がサラのことを好きだって知ってるんだ?」
マルコの話を遮ってレルリラが尋ねる。
マルコの話の内容よりもレルリラは、自身がサラのことを好きだという気持ちを何故知っているのか、その言葉だけが気になっている様子だった。
レルリラの中では直接尋ねてきたことがあるキア・ダザメリナだけが、レルリラの気持ちに気付いているという認識だったのだろう。
マルコは目は瞬き、サーは一つため息をついてから呆れながらに言葉を告げた。
「………知らないやつ、このクラスでサラだけだと思うぞ」
その言葉にこの場にいないサラとレロサーナ、そしてエステル以外の皆が頷いたのであった。




