8 霊獣との契約
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魔法陣の先は異世界でした。
なにを馬鹿なと思われるかもしれないけれど、私はアラさんの魔法陣を潜ると見たこともない場所へと辿り着いた。
澄んだ空気、自然あふれる環境はただの林や森のように感じてしまうかもしれないが、私は全く違う世界なのだと感じた。
ふわふわと浮かぶ水の球は、色々な色を宿している為か、それとも光の屈折の関係か、凄く幻想的に漂っている。
思わず触ってしまったが、割れることも、指が濡れることもなく、ふにふにと柔らかい。
まるで触られていないかのように、水の球は歪んだ形を元に戻した。
「アラさん、ここは?」
「ふふ、ここは星域よ」
「え?!」
「冗談よ」
「………」
普通に嘘をつくアラさんを細めた目で見てしまう。
そんな私に気付いたアラさんはにこりと笑った。
「でも全くの嘘でもないわよ。ここは星域の一歩手前」
「星域の手前?どうしてアラさんがここを知ってるんですか?」
「今回限りで教えてもらったからね」
「??」
教えてもらったとは一体どういうことなんだろうと、私が首を傾げると一体の霊獣が現れた。
アラさんは「ビー君、サラちゃんを連れてきたわよ」と近寄る霊獣の頭を撫でる。
アラさんの霊獣ことビー君は私達の真後ろに視線を向けた。
私はつられるように振り向くと同時に驚愕した。
灰色の毛並みの小動物。
くりくりの大きな瞳で私を見上げ、三角の小さい耳はぴくぴくと動いていた。
長い尻尾を立たせながら、猫に見える霊獣は「にゃあ」と可愛く鳴いて、私の足に体を摺り寄せながら甘える。
とんでもなく可愛かった。
いや、愛らしいというべきか。
「か、かわいい…!」
「この子がサラちゃんを紹介してほしいと言ってきた霊獣よ。
ビー君の話によると契約してほしいみたいだけど、……どうする?」
アラさんにそう言われ私は勢いで頷こうとするが、ぴたりと止まる。
「どうしたの?」
「にゃあ?」
首を傾げるアラさんと霊獣、そしてビー君。
私は猫、いや、霊獣の目線になるべく合わせようとその場にしゃがみ込む。
そして私を愛らしい目で見上げる霊獣に語り掛けた。
「あの……私でいいの?」
「にゃあ」
なんていってるのかわからないけどめちゃくちゃ可愛い。
「サラちゃんがいいって。でもどうしてそう思うのか教えて欲しいって」
「…アラさん言葉わかるんですか?」
「私じゃないわ。霊獣同士なら言葉が通じるから、ビー君に教えてもらっているのよ」
そういうことかと私は納得した。
そして私は自分の気持ちを話す。
「…霊獣って、契約者に縛られるじゃないですか」
霊獣とは魔力を身に宿す動物であるが、人間と同じように消費した魔力を補うことができない。
ようは回復することが出来ないのだ。
だからなのかその存在は自然的な存在である精霊に近いといわれている。
この世に存在する全ての生き物には魔力と呼ばれる力が宿っているが、その中でも動物は魔力を持ちながらもその力を使うことはできない。
私たち人間のように魔力回路が発達していないためだ。
そして霊獣は見た目は動物と同じだが、魔力回路が発達していることから魔法を扱うことが出来る。
だが動物と体の構造が似ているためか、消費した魔力は増えることがなく、その結果寿命が短かった。
そこで人間との契約だ。
霊獣は人間と契約することで、霊獣自身の魔力ではなく、契約者の魔力を利用して生きていくことができる。
その結果短いといわれた寿命は契約者である人間に依存する形となり、霊獣は契約者の魔力を使用してありとあらゆる魔法が使えるようになると言われている。
霊獣にとっては寿命は延びるが、もともと霊獣よりも魔力量が少ないと言われている人間との契約はメリットと呼べるものかどうかもわからない。
(私にとってはメリットばかりだけど……)
中でも霊獣との契約におけるメリットは移動手段。
お父さんとお母さんが私を王都まで連れてきたとき霊獣にお願いして移動したわけだが、めちゃくちゃ早いというのが一番のメリットともいえる。
通常馬車で一週間程かかる道のりを、人間の魔力量にも寄るが、半分以上縮めることが出来るのだ。
そしてソロで活動を決めた私にとっても、霊獣との契約はパートナーを連れ歩けるいい機会でもあるし、なによりも目の前にいる可愛らしい霊獣をもふもふしたりなでなでできたり、抱き締めて寝れたりできるという、非常にメリットが大きい。
でも霊獣にとっては違う。
契約はメリットだけではなく、人間の命令に従わなければいけないという大きなデメリットが待っている。
「にゃあああん」
「“一目見て貴方がいいと思った。契約して一生を貴方の隣で生きていきたい”」
「え…?」
アラさんはビー君の元から離れ私に近寄ると、私と同じようにしゃがみ込む。
白くて細くて綺麗な指先が、私の両方の頬に触れた。
「霊獣はね、本能で決めるの。人間でいう一目惚れといったようなものね。
だから人間の魔力量は霊獣にとっては本当に些細な問題なのよ」
全ては本能に従ってるから。とアラさんは微笑んだ。
私はアラさんから霊獣に視線を戻す。
そして霊獣の片腕をそっと持ち上げた。
「…私の嫌なところが見えたら教えてね。治す様に努力するから」
「“あってもそれが貴方だ。そんな貴方を丸ごと受け入れる。それぐらいの甲斐性はあるつもりだよ”」
「…まるでプロポーズみたい」
「確かにそうね」
笑いながら例えた私の言葉にアラさんが同意する。
霊獣とビー君は意味がわからないように首を傾げた。
プロポーズという言葉は霊獣にはないようだ。
「アラさん。契約ってどうやってするんですか?」
「契約自体は簡単よ。名前を付けるの。その名前を霊獣が受け入れてくれたら完了するわ」
「わかりました」
名前、か。
私の手に顔を摺り寄せる霊獣を見ながら、私は考える。
小さい頃よく読んでいた物語があった。
お姫様とお姫様を護衛をする男性たち、そしてお姫様にしか見えないとされる妖精の物語だ。
子供にもわかりやすい表現に、可愛いイラストが描かれていて、私はその妖精がとても好きだった。
人間が手のひらサイズになった姿で、背中に羽が生えた妖精がお姫様の周りをくるくると飛んでいる。
霊獣とは姿が全く異なるけど、でも描かれていたようなキラキラと宝石のように輝く瞳が、まさにその妖精のようだった。
「フロン」
妖精の名前は”マロン”だったけど、丸っきり同じ名前ではなく少し変えて名前を決めた。
「にゃ!」
私が名を呼び、霊獣が短く返事をした後、霊獣の姿が光に包み込まれる。
そして光の中で霊獣の体が次第に大きくなって……い、…く?
『ありがとう、サラ』
小さかったはずの霊獣、フロンはしゃがむ私と同じくらいの目線の高さになり、ぺこりと頭を下げた。
「契約成立ね」と頷くアラさんを横目で確認しつつ、私はフロンに人差し指を向ける。
「ふ、ろん、なの?」
『はい』
コクリとしっかりと頷くフロンに、私はアラさんとフロンに交互に視線を向ける。
小さくて可愛らしかったフロンがこんなにも大きくなったのだ。
しかも目の前で。
話が違うとか、そういうことはいうつもりもないけど、どういうわけかは説明が欲しい。
「落ち着いて、サラちゃんも知っている通り霊獣は契約者の魔力量に合わせて姿が変わるの。
勿論その場に応じた姿にもなることが出来るけど、今は契約した瞬間だから体が大きくなっただけよ」
説明するアラさんに、つまり私の魔力値に合わせただけということを理解した。
不安そうに私を窺うフロンの視線にやっと気づいた私は、安心させるように笑みを浮かべ、そして頭を撫でた。
やば、めちゃくちゃふわふわ。
「これからよろしくね」




