31 卒業パーティー③
■
寮に転移させられた私は、口に料理を含み咀嚼している両親に謝罪した。
十分料理を堪能したこともあり、私の過ごしてきた寮も見てみたかったといってくれた両親に、私は寮の中を案内する。
男女共同で使用しているエントランスホールに食堂、談話室と案内していく。
食堂ではクラスの皆で勉強もしたことがあるんだよと、思い出話も含めて話していくと、急に皆と別れる実感が出てきた。
(……そういえばパーティーでお父さんお母さんと一緒にいて、皆と全然話してない)
先生の転移魔法で抜け出したが、参加自由なパーティーなんだ。
帰るタイミングもそれぞれ違うだろう。
もしかしたら最後に言葉もなく別れることになるかもしれないと、急に不安に駆られた。
そんな私に気づいたのかお母さんが覗き込むように私を心配する。
「…サラ?どうしたの?」
「ううんっ!ここからは女子だけが入れるからお父さんは待っててね!」
沈む気分を無理やりにあげて私は笑顔を見せた。
そしてお母さんを連れて浴場や洗濯ルームへと案内したあと私の部屋へと向かう。
お母さんは私が初めて入ったときと同じように、どこをみても広くて驚いていた。
私はそんなお母さんの様子にくすくす笑う。
そしてまとめて置いた荷物を手にして、お父さんが待つエントランスホールへと向かったところだった。
「サラ」
レロサーナとエステルだ。
「…先に、…帰ったのかと、思った」
「貴方を待ってたのよ」
そう答えたレロサーナにエステルは頷いた。
私はお母さんを見上げると、「先に行ってるわね。サラの荷物を届けてもらう手続きもしなきゃだし」と言われて背を向けられる。
「サラに挨拶もしないまま行くわけがないでしょう?」
「そうよ。貴方と言葉も交わさずに帰るわけがないわ」
二人はそういって私に寄り添った。
私と同じ位の身長のエステルは私にくっつくように、私よりも背が高いレロサーナはエステルと私を包み込むように抱きしめる。
「……ありがとう。私も二人に会えて嬉しい。最後に会えて、本当に嬉しいの」
入学したては貴族女子と仲良くできるのかなんて不安しか無かった私だったけど、でも別れを惜しめるほどに親しくなれた二人との出会いが本当に嬉しい。
嬉しいから、もうこれで本当に最後なんだと思うと涙がこみ上げてきた。
でも悲しんでいるのは私だけじゃなくて二人もそうだった。
鼻をすするような音が聞こえるから。
「…泣かないでよ…」
「サラと本当にお別れかと思うと悲しくて……」
「…永遠の別れじゃないよ」
「でもずっと一緒だったから…」
「…というかサラ、貴方だって泣いているじゃない」
私は勝手に目から流れる涙を指摘されて、目を擦ろうと腕を持ち上げると二人に止められた。
「このままだとエステルから借りたドレス汚れちゃうよ」
「汚してもいいわよ。それよりもせっかくお化粧してもらったのだから擦っちゃだめ。伸びちゃってひどい顔になるわ」
「でもぉ…!」
ボロボロと涙を零す私の目元に、エステルがハンカチを押し当てる。
「これ貸してあげる。だから近い内に会いましょう?」
「そうね。三人で都合が合う日を見つけて会いましょう」
「その時、ハンカチを返してね」
そういったエステルに私は「ドレスは?」と尋ねる。
「ドレスはその次に会うときでいいわ」
「そうね。サラは目標があると一直線だから、私たちが理由を作ってあげないと」
笑い合う二人に私はムスッと頬を膨らませて唇を突き出す。
「そういうことだから毎日手紙書いてね」
「え、毎日?!それは逆に書くことがなくなっちゃうよ」
「ふふ、書くことがなくなったサラがどんなことを書くのか楽しみね」
「ちょっとぉ…」
「冗談よ。でもサラからの手紙を楽しみにしていることは知っておいてね」
そう言って笑うエルテルとレロサーナに私はほっと安堵する。
手紙を毎日書かなくてもいいという安心感じゃなくて、二人がもう泣いてないことに対してだ。
「あ、そうだわ。最後に私達と会えたっていっていたけど、本当の最後は別にいるわよ」
「え?」
二人は答えを教えてくれることもなく私の背中を押して手を振った。
二人と別れた私は首を傾げながらエントランスへと向かう。
そしてお父さんとお母さんと一緒に寮を出た。
流石に今日ばかりは一般人も学園の敷地内へと入るからか、飼っている魔物には厳重な魔法が施され、一切の身動きが取れないように窮屈そうにしていた。
こうしてみると散々驚かされたけど、可哀想に見える。
そして動かない魔物に「レプリカか?」とかいっていたお父さんに「本物だよ」と教えてあげた。
すっかり陽も暮れて暗くなった外を家族三人で歩いていると、一人の人影が見えた。
私はすぐに誰なのかわかった。
だから私はその人物に駆け寄って声を掛ける。
「レルリラ」
すると人影の正体はやっぱりレルリラで、私が近づくと魔法で光を灯した。
すると一瞬緑色に見えたレルリラの瞳が赤に染まる。
「私のこと待ってたの?」
「あぁ」
レルリラは肯定する。
ここでなんで?とか暗いんだから灯りつけておけばいいのにとか聞く人はレルリラのことをよく知らない人がすることだ。
レルリラは用がなければ待たないし、灯りだって虫が寄ってくるだろとかいいそうだから。
「腕を出してくれないか?」
「腕?別にいいけど」
はい、とどちらの腕がいいのかわからないから両腕を差し出すと左腕の袖を手首が見えるくらい捲られた。
そしてなにやらポケットから取り出し、私の手首に装着させるレルリラに私は不思議そうに見ながら首を傾げる。
「なにこれ?」
「時計だ」
「……随分、小さな時計ね」
よく見ると確かに時計の文字盤があることが分かる。
持ち歩きが出来る時計は懐中時計しか知らなかった為に、こんな小さなデザインの時計も最近はあるのかと、私は左手首に付けられた時計をじっと見つめる。
そんな私にレルリラが言う。
「もう取れないからな、それ」
「え、お風呂とかどうするのよ」
「防水加工が施されているから気にしなくていい」
「汚れちゃったときは?」
「清掃魔法をかければいいだろ」
「腕がかゆい時は?」
「……少しずらしてかけばいい」
どうやらどうしても外してほしくないみたいだ。
まぁゴツいデザインでもないから、気になることはあまりなさそうだからいいけど。
「ありがとう…、でも時計って安いものでもないのになんで?」
普通に時計自体の値段が高いのは知っている。
平民でも時計を家に設置しない人もいて、でもだからこそ町に目立つ場所やみんなが利用する施設に大きく掲げていたりするから不便はない。
ちなみに私が寮で使用してた目覚し時計も寮に最初から置かれていた学園の備品だ。
「それを見たら思い出すだろ」
「なにを?」
「早くランクを上げて俺のために王都にくること」
「はい?」
私は首を傾げる。
「前に言っただろ?俺の手助けをしたいと。
なら遠くにいても時計をみて俺を思い出してくれれば、その分ランク上げとやらに精を出すだろ」
「どんな理屈よ」
よくわからないレルリラの理屈に私は笑った。
「でもそうね。レルリラが待っていると思ったらすぐにランクがあがるかもしれないわ。
だからレルリラも、早く昇進してギルドに依頼を出せるまでに成長しなさいよ」
こんなプレゼントまでしておいて、私がランクを上げて王都に来るよりも遅い昇進だったら怒るからねと、そう気持ちを込めて告げる。
「ああ、サラの名前で指名依頼出して待ってるよ」
「依頼出す前に連絡してよね!?」
そんなやり取りをして私はレルリラと別れた。
レロサーナとエステルのような感動を思わせる別れとは言い難いが、それでも最後に会えて言葉を交わせたことに心が軽くなる。
そして私は最後に学園を振り返った。
もう夜で細部ははっきりは見えなかったが、それでも学園の一部の教室には光が灯っていたりと、普段見ていた学園の様子。
お父さんからの条件だったオーレ学園への入学。
最初はやっていけるか不安だった学園生活だったけど、友達が出来て、ライバルが出来て、そしてそんなライバルとは高みを目指す仲となって、クラス皆とも仲良くなれて、平民の私が貴族の皆に認められるくらいの実力をつけられたと、そう思う。
…ちょっと人間関係でトラブルもあったことがあったけど、それでも十分すぎる経験が出来たことは、これから先の人生にもきっと大きく生かせるだろう。
私は誰にも聞こえないくらいでボソリと呟いた。
「……ありがとう」
その言葉は誰の耳にも届くことなく、暗闇の中に消えていく。
だけど私が学園で培ってきた経験は消えたりなんてしない。
一つ一つの出会いと経験を、これからも生かして頑張っていくから。
だから
「絶対Sランク冒険者になってみせる!!!」
暗闇の中拳を突き上げた私に、お父さんとお母さんは「頑張れよ」と応援してくれて、そして私は家族三人でマーオ町に向かって帰ったのだった。




