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恋愛初心者の恋の行方  作者: あお
章間①
104/253

2 第二王子エルフォンスの事情






エルフォンス・ニック・キュオーレ。

この国の第二王子は整えられた形のいい眉を顰め、眉間に深い皺を刻みながら長い通路を歩いていた。


(クソ!クソ!!)


口に出していないが、表情からは誰が見てもなにを考えているのか察することが出来る程、エルフォンスは感情を曝け出していた。

だが第二王子である立場の彼は他の者から話しかけられることがないし、周りの者は何事もなかったかのように装って見て見ぬふりをする。


そんな時苛立った第二王子であるエルフォンスの目に映った光景が、更に怒りを増幅させた。


アルヴァルト・エレク・キュオーレ。

エルフォンスの兄であり、この国の第一王子である男は襟足だけ伸ばした金髪を後ろに結び、長い足を優雅に動かしてエルフォンスの先を歩いていた。


兄、アルヴァルトの姿を視界に入れたエルフォンスは足を止める。


容姿端麗、成績優秀、剣術も魔術も才能に恵まれただけではなく、正義感に溢れ、幼い時は『父上のように全ての国民が幸せを感じられる国にするのが僕の夢だ』などと夢物語な言葉を語っていたアルヴァルト。

成長してからは幼い頃の言葉を現実のものにする為に、『まずは現状把握を』と言って王子という守られる立場でありながら騎士団に混ざりながら戦前に立ち、危険な場面にも立ち向かっていた。

勿論国王であり父親でもある現国王ヴァイス・レン・キュオーレはアルヴァルトの行動を咎めたが、そのアルヴァルトの行動が民へいい印象を与えたこともあり、『お前は次の王となる存在なのだ。もっと自覚するように』と口にしただけに留めることになったのだが。

そんな勇気迄備えていたアルヴァルトをエルフォンスはとても慕っていた。


兄のようになりたい。

国王になる兄を支えたい。


純粋にエルフォンスはそう思っていたから、兄に追いつくべく机の上にしがみついたし時には剣も振って魔法も練習した。

知恵熱を出しても、鼻血を出しても、激しい筋肉痛で動けなくなっても這いつくばってそしてしがみついた。

全ては憧れの兄を目指すために。


だが、歳を重ねるにつれてエルフォンスはアルヴァルトに劣等感を抱くようになったのだ。


それも当然の事だったと言えよう。

兄ばかりを褒める周りの大人たち。

メイドや使用人、そして家庭教師だけではない、婚約者候補を集める為の同世代の茶会の場でも兄のことだけが話題に上る。

何をやっても認められない、なにをやっても興味を抱いてくれない。

話しかけても遠慮がちにほほ笑むだけで、兄に対するようにエルフォンスには目を輝かせてなんてくれなかった。

親しみが込められた笑顔を向けてくれる者なんていなかったのだ。

そして努力の末倒れても誰も声を、心配する声を掛けてくれなかった。


次第に全て兄がいるから悪いんだと、幼い心で思うようになった。

エルフォンスが倒れた際に一番初めに駆け付けてくれたのがアルヴァルトであっても、だ。

優しい手つきで頭を撫でてくれる兄の行動が、全てはあざけ笑っているように映り始める。

そう感じてしまってからはすぐだった。

兄へ感じていた憧れは羨望にかわり、そして劣等感から憎しみに変わる。


兄を支えたいと、兄に追いつきたいと思えなくなったエルフォンスは受けている教育から手を抜き始めた。

やる気がでなかったのだ。

どうせ勉強しても『兄はもっといい成績だった』「兄を見習いなさい」と全てはアルヴァルトに繋がってしまうのならば、もうなにもしないほうがいいのではないかと、そう感じたとき外の空気を吸う為にエルフォンスは外へ出る。

そんな時一人の女性に出会ったのだ。

アデライン・ライズ。

ライズ公爵家の次女だ。

ふわりと華が咲いたように微笑む笑顔に目が奪われた。

初めてだったのだ。親しみを込められた笑顔を向けられるのが。

他の令嬢は皆兄であり第一王子のアルヴァルトに近づきたいと、そういう下心が見える者ばかり。

誰一人エルフォンスに純粋な好意で話しかける者も笑いかける者もいなかった。

それがこの令嬢だけは違った。

話してみると彼女も優秀な姉と比べられながら育っていたという共通点を見つけた。

罵るほどの愚痴をこぼすことはなかったが、それでも同じ境遇を生きていた彼女と接したことで、エルフォンスは救われた気分になった。


(俺は彼女に出会う為に生まれてきたんじゃないか)


エルフォンスはそう思うようになった。

彼女はエルフォンスよりも一つ年上だったために、一緒に学園生活を送ることはなかったが、たまに会って会話を交わす関係となった。

エルフォンスはもう一度目標を得たのだ。


(学園を卒業したら、彼女を婚約者にしてもらおう)


公爵家の次女ということはもしかしたら彼女は嫁ぎ先を探すのかもしれない。

だが俺が公爵家に婿入りするという可能性もある。

筆頭公爵家の長女が王家に嫁ぎに来ることはあるからだ。

ならば領主としても安心できるように学ばなくては、と新たな目標にエルフォンスは気合をいれる。

そして優秀な正式を納めてエルフォンスは学園を卒業した。


だがやはり運命は残酷だった。

彼女を婚約者にしたい願いは叶わなかったのだ。


父親である国王ヴァイスに願い出たエルフォンスは深いため息とともに反対されたのだ。

理由を尋ねるエルフォンスに、国王は告げる。


『アデライン令嬢はアルヴァルトの婚約者候補だからだ』


と。


この国では瘴気の魔物を対抗するために必要な存在である聖女を召喚するが、異世界から強制的に呼ばれた聖女は後ろ盾がない。

だがこの国を救ってくれる救世主である聖女を役目が終わったからといって平民として放り出すことは王族としてできなかったし、魔力もなく魔法も使えない女性に爵位を与えることも出来なかった。

その為王族との婚姻が最善であると考えられてきた。


瘴気の魔物が出現する周期は不定期だ。

その為いつ聖女を求め召喚をするのかも決まっていない。

また聖女が王妃としての器が不十分ならば、例え国を救った聖女であっても正妃として認めることはできなかった。

だから、王位を継承すると定められた王太子は婚姻をする直前までの間“婚約者候補”という立場に令嬢を据える。

王太子の婚約者候補となった者は、聖女が王妃に不適格だった場合王妃として、そして聖女が王妃に相応しい人格者だった場合は側妃としてが通例だ。


エルフォンスが結婚したいと願ったアデラインはアルヴァルトの婚約者候補として挙がっていたのだ。


(ここでも兄の名が出てくるのか!)


殺意が湧いた。

どこにいても邪魔をする兄に。


だがアデラインは優秀だった。

それこそ、王太子であるアルヴァルトの婚約者候補に選ばれるほどに。

優秀すぎて非の打ちどころもないくらいにだ。

彼女もまた姉という存在がいたから頑張ってきたのだろう。

昔の自分のように。


ああ、どうしてだ。どうして俺の人生は上手くいかない。


そうエルフォンスが絶望した時、瘴気の魔物が現れたという報告が耳に入ったのだ。


(……そうだ、聖女だ……)


聖女は国王、もしくは時期国王となる者と婚姻を結ぶ。

だが婚姻した聖女は元は別世界の人間だ。

聖女が王妃としてでも側妃としてでも、選ばれていた婚約者候補は聖女の補佐役として王位を継ぐ者_この場合はアルヴァルト_と婚姻するのが慣例となっているが、聖女との関係に愛情が生れ、婚約者候補との婚姻を拒否した場合は婚約関係を白紙に戻すという可能性が残っていたのだ。


ならばそれを利用すればいいのではないかとエルフォンスは考えた。


目的は瘴気の浄化。

だが本当の目的は聖女とアルヴァルトの間に愛を芽生えさせること。


(しかも聖女の召還なら、俺が動かなくても周りが勝手にやる)


これは大きい。とエルフォンスは考えた。

俺が勝手に動けば何かを企てていると考える者が出てくるだろうが、聖女の召還ならばそれはない。と。


(もし俺が関わるのならば、聖女が召喚されてからだ)


召還されたばかりの現場に足を運び、お前が結婚する相手は兄であるアルヴァルトだと。そう囁けばいいのだから。

なにしろ正義感溢れるあの男だ。

別世界から来た聖女を蔑ろなんてするわけがない。

寧ろ平民にも優しい一面を見せれば、勝手に好印象を抱いてくれるだろう。

今ならまだ間に合う。


そんなことをエルフォンスは本気で考えていた。


それはアデラインが婚約者候補に決まってから日は浅く、まだ心はアルヴァルトに傾いていないはずだと、そう考えての事である。

また婚約者候補に選ばれたといえ、瘴気の魔物の報告はアルヴァルトにもアデラインにも届き“聖女”という存在が脳裏にちらつかせているだろう。

余計にアデラインが兄に心を寄せることは考えられない。とエルフォンスは考えていた。


(それに、俺が行動しなくてもいいというのはデカいしな…)


少しだけ絶望感が薄れたエルフォンスはにやりとほくそ笑む。






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