第198話
「よし、そろそろ入っとくか」
今日の朝方寝て、今は夕方の17時。
イベントは19時からなので、ゲーム内時間ではあと6時間ほど余裕があるが、全て準備は整ったのでもうログインしておくことにする。
「おはよう」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」「キノ!」
いつも通りベッドの近くに待機していたウル達に挨拶をして、ご飯を食べるためにリビングへと行く。
「ゴゴ」
「あ、ゴーさんおはよう。今日はイベントだし、丸1日帰って来れないと思うから、お弁当2つ作ってもらっていい? できればウル達の分も」
「ゴゴ」
イベントは現実の時間で19時から24時までの5時間。
ゲーム内時間にして15時間がイベントの時間である。
インベントリの中には食べ物がいっぱいあるが、せっかくならゴーさんの美味しいご飯でイベント中は乗り越えたいと思ったためお弁当を頼んだ。
「ゴゴ」
「ありがとう。いただきます」
俺はこの前ログアウトする時ご飯を食べていないので、このままご飯を食べなければ空腹でデバフが付く。
デバフがついてもご飯を食べたらすぐに解除されるとは思うが、イベント前にそんな危険を冒したくないのでゴーさんの料理を急いで口へと運んでいく。
「あ、そうだキノさん。ウル達と取ったキノコがいっぱいあるんだけど、いる?」
「キノ!」
「分かった。全種類1つずつ出すから、欲しいの選んで。食べれそうなのはゴーさんにも渡して、あとはメイちゃんにあげようと思ってるから全部はあげれないよ」
「キノ」
俺はそう言いながらインベントリからキノコを出し、キノさんがあれでもないこれでもないとキノコを選んでいるのを見ながら、俺も食べれそうなキノコを探す。
シイタケとナメコは俺でも知ってるが、あとはゲームで作られた架空のキノコか、本当にあるキノコかは分からなかった。
「シイタケとナメコ、ヒラタケにカノコ、旨味ダケとオモシダケはなんとなく食べれそうかな?」
「ゴゴ」
「一応他のもいくつか渡すけど、食べたらヤバそうなキノコだったら、モニカさん達のご飯には出さないでね」
「ゴゴ」
「キノ!」
「あ、キノさん決まった?」
「キノッ!」
欲しいキノコが決まったらしく、キノさんの選んだキノコと同じ種類のものをインベントリからいくつも出していく。
「なんとなくキノさんにはキノコ見せなきゃって思って見せたけど、もしキノコを育てたりするならそれ用の木はゴーさんとグーさんに買ってきてもらってね。そもそもそのキノコからキノコが作れるのか知らないけど」
「キノ!」「ゴゴ」「ググ」
そして俺はご飯を食べ終え、今日のお弁当も貰ったため、ここを出ることにする。
「じゃあ行ってきます。留守中はキノさん達に家を任せたよ」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」
「キノ!」「ゴゴ!」「ググ!」
俺達はキノさんとゴーさん、グーさんに見送られて、クリスタルから始めの街へと移動した。
「さて、皆はもうクランハウスに集まってたりするのかな?」
まだイベントまで時間はあるし、話し合いはクランリーダー会議の後って言ってるから、ギリギリまでレベル上げをしてる人が多いだろう。
こんな時間からクランハウスでイベントの時間まで待機しているだけの人は少ないはずだ。
「皆おはよ……う」
俺も少ないとは思っていたが、まさか0だとは思わなかった。
「誰かーーー!!! ……居ないか」
まぁ予想してたことだ。むしろ皆ギリギリまで頑張ってて偉い!! なんて思ってみるが、この大きなクランハウスに誰も居ないのは寂しいな。
「あ、それなら優美なる秩序にでも挨拶しに行こうかな」
ププさんのおかげで買えたというクランハウスがどこなのかは、チャットでテミスさんが教えてくれたので知っている。
「内見したけど、ここも結構良かったよな」
最前線攻略組を挟んで向かい側、正面から5つのクランハウスを見た時、左から2つ目の和風なクランハウスを優美なる秩序は選んだらしい。
「あ、こんにちは」
「こんにちは。あの、どちら様ですか?」
「あ、ユーマって言います。今日優美なる秩序の皆さんと王都を守る予定の者です。テミスさんって今忙しそうですか?」
「はい、団長はイベントの準備で手が離せないと思います。伝言があればお伝えしますが……」
「あ、それなら大丈夫です。お忙しい所失礼しました」
「は、はい」
やっぱりどこも忙しそうだ。
いや、このタイミングで何もしてない俺がおかしいのかな?
あと全然関係ないけど、今対応してくれた人は見たことないし、優美なる秩序のメンバーは結構変わってるのかもしれない。
「さてどうしようか。まだイベントまで時間あるし……」
「クゥ」「アウ」「……!」「コン」
今からレベル上げをしても俺達のレベルは流石に上がらないだろうし、かといって誰かと話すにも相手は忙しそうだし、できることと言ったら……
「さっき送り出してくれたのにごめんね。あと、不思議な種とか渡すの忘れてたから今渡していい?」
「ゴゴ」
「あ、キノさんお風呂でさっきのキノコ出すのはやめて」
「キノ……」
「ゴーさんには申し訳ないけど、今日中にキノコ栽培用の木買ってきてくれる? キノさんが育てたがってるし」
「ゴゴ」
俺達は結局どこに行くでもなく、また家へ帰ってきて皆でお風呂に入っていた。
「いやぁ、イベント前にこんなんで俺達大丈夫かな?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」「キノ!」
今日は夜が来ない日なので、現在のゲーム内時刻は朝の5時でも、外は昼のように明るい。
だから今お風呂に入ってても朝風呂の感覚に近いのだが、ウル達は皆でお風呂に入って楽しめれば夜の静かな雰囲気など必要ないらしい。
「ゴゴ」
「あ、誰か来た? もし知らないプレイヤーとかだったら出なくていいよ」
「ゴゴ」
そしてゴーさんは玄関まで行くと、誰かを家へと入れたらしい。
この家に入れるということは俺が過去に許可を出した人間だ。
「あ、ゴーさんありがとう。俺が対応する方が良い?」
「あ、ユーマさんキプロです! お風呂中にごめんなさい」
お風呂の扉の前に立ってそこから話しかけてくるのは、最近会ってなかったキプロだった。
「昨日モニカさん達にユーマさんが寝た時間を聞いて、たぶんこれくらいの時間なら会えるかなって思って来ました!」
「あ、なら今から出るからちょっと待ってて」
「い、いえ、僕は待ってますからゆっくりしてください! 今日はプレイヤー様が居なくなるのでお店は休みにしますし、モニカさん達と一緒にここで訓練させてもらう予定しかありませんから」
「あ、じゃあキプロも一緒にお風呂入る? まぁお風呂で疲れちゃって数時間後の訓練がしんどくなる可能性もあるけど」
「……良いですか? 少し入ってみたい気持ちはあったんです」
「え、なら入ればいいのに」
「い、いえ、いつもはモニカさん達が入りますから」
まぁ確かに優先されるのはこの家に住んでる皆だな。
一応サイさんは男だけど、ハティの護衛だからゆっくりお風呂に入るなんてないだろうし、キプロが風呂に入る機会なんてないか。
「し、失礼します!」
「ゴーさんに飲み物頼んだら出してくれると思うよ」
「あ、僕が何か言う前にもう用意されてました」
「ゴゴ」
キプロの手にはもう既にピルチのジュースが入ったコップが握られていた。
ちなみにキプロも俺と同じように海パンのようなものを履いていて、お風呂だからと言って素っ裸になるわけではない。
「ゴ、ゴーさんの仕事が相変わらず早い」
「ゴゴ」
俺がゴーさんの仕事ぶりに驚いていると、キプロは俺の横で感動していた。
「これがモニカさん達の話に出てくる露天風呂!」
「まぁ夜だともっといい雰囲気なんだけど」
「今でも十分凄いです!」
「それはよかった。ウル達もキプロが来て喜んでるよ」
「クゥ!」「アウ!」「……!」「コン!」「キノ!」
「それなら良かったです!」
キプロもウル達に受け入れられて嬉しいのだろう。
もうウル達とは結構仲が良いと思うのだが、キプロは恐る恐る手を伸ばして皆を撫でたりしていた。
「あ、それでキプロは何で俺に会いに来てくれたの?」
「あ、忘れるところでした。後でユーマさんに……ルリさんに渡したい物があって来たんです」
「ルリに?」「アウ?」
「これです」
「え、これって」
俺達はたっぷりお風呂を満喫したあと、リビングでキプロが用意してくれた物を見るのだが、そこには少し小さめの、ルリが使うには丁度良さそうな手斧と小盾があった。
名前:樹馬の手斧(魔獣)
効果:攻撃力+40、筋力+6、器用+4
説明
製作者キプロ:肥大せし大樹の枝、堅固なる戦馬の蹄で作られた手斧。筋力値と器用値を上昇。
名前:樹馬の小盾(魔獣)
効果:防御力+40、頑丈+7、筋力+3、器用+1
説明
製作者キプロ:肥大せし大樹の樹皮、堅固なる戦馬の毛皮で作られた小盾。頑丈値と筋力値、器用値を上昇。
「え、作ってくれたの?」
「はい! 以前ユーマさんからお願いされた時はお断りしましたが、ユーマさんからいただいた素材で作ってみました!」
作ってみました! ってさらっと言ってるが、忙しい中作ってくれたのは分かる。
お店が忙しくて毎日訓練にキプロが来ているわけでもないし、本当に時間がない中この装備を作ってくれたのだろう。
「本当に助かるけど、いいの?」
「はい! 今ここで受け取ってもらわないと、誰も使えない商品がお店に並ぶことになりますから」
「ありがとう。良かったなルリ」
「アウ!!」
ルリはキプロへのお礼のつもりなのか、自分のインベントリに入れていたスイートポテトを渡そうとしている。
「僕はさっきお風呂で沢山ジュースを貰ったので大丈夫です」
「アウ!」
「ほら、本人がそう言ってるし、お礼も大事だけど装備してるところ見せてくれないか?」
「アウ!!」
俺がそう言うと、ルリはキプロから貰った手斧と小盾を装備する。
「問題なさそうですね」
「アウ!」
「ありがとう。お金はすぐ渡す方が良いか?」
「いえいえ! それは僕の感謝の気持ちです。 いつもご飯を食べに来るだけで何も返せてないですし、お世話になってますから。それに有り難いことにお店も上手くいってますし」
「あ、じゃあこれあげるか。うちのクランにいる生産職の誰かにあげようかなって思ってたけど、今のところ設備は整ってるし問題なさそうだから」
そう言ってキプロに魔道具のアイテム袋(下級)を渡す。
「あ、あ、アイテム袋ですよこれ!」
「中級とか上級だともっと性能良いんだろうな」
「それはそうですけど! って、プレイヤー様はインベントリがありますし、僕達の感動が伝わらないですよね」
「まぁ便利だなぁって感じかな。一応高価なものってことは知ってるし、持ち歩く時は気を付けてね」
「いえ、失くすのが怖くて持ち歩けませんよ」
「えぇ、じゃあ倉庫的な使い方か」
「はい。贅沢な使い方だと思いますけど、僕にはそういった使い方しか出来そうにないです」
「まぁ使い方は任せるよ。本当にありがとう」
「い、いえ……(また僕の方が得してる……)」
「じゃあ俺達は行くよ」
「朝ご飯の時間まで少しあるので、僕も家に帰ります」
「あれ、帰るの?」
「誰も居ないのにお邪魔しているのは悪いので」
「あ、じゃあゴーさん……」
俺はゴーさんを呼んで耳打ちする。
「……ゴゴ!」
「あれ、あの、何で僕は座るように言われて「じゃあキプロ、ゆっくりしてってね」ユーマさん!?」
キプロはあと数時間後にここで朝ご飯を食べた後いつもの訓練に参加予定なのだが、その時間まで自分がここに居たら邪魔だと思って家に帰ろうとしたので、ゴーさんにはキプロへ最高のおもてなしをしてあげてとお願いして、俺達はクリスタルからはじめの街へと移動したのだった。




