第93話
「ユーマさん、心配しなくても大丈夫ですよ」
「でもあの貴族の息子さん、お父さんの名前も言わないし、自分の名前すら名乗りませんでしたよ? 俺たちの名前も聞きませんでしたし」
「私はむしろあの方が対応してくれたおかげで緊張は無くなりました」
「確かに息子さんがお父さんの代わりに対応するって分かってからはいつも通りのマルスさんでしたね。いや、その話じゃなくて、本当に本人に直接渡さなくて良かったんですか?」
かれこれ何回同じやりとりをマルスさんとしているか分からないが、マルスさんはずっと大丈夫の一言だ。
「あの息子さん外面は良い感じにしてましたけど、絶対にこっちを見下してましたし、あの宝石をあんな雑に持つのも俺は許せませんでしたよ」
「確かにその点に関しては残念でした。ですがあの程度であれば少し拭けば輝きは戻りますから」
「あとウル達がめちゃくちゃあの人のこと嫌いでしたし」
「クゥ」「アウ」「(コク)」
俺はあの貴族の息子がそのまま宝石を自分のものにしてしまうんじゃないかと思ってずっと心配しているのだが、マルスさんはそうではないらしい。
「ユーマさん達と私とあの方だけなら私も宝石を渡すのは少し躊躇したかもしれませんが、あの場には執事の方が居たでしょう?」
「確かに居ましたね」
「なので大丈夫です。私の仕事は終わりましたし、あとはあの家の問題でしょうから」
マルスさんにそう言われたら俺は何も言うことが出来なくなった。
「あ、でもあの宝石はユーマさんからいただいたものでした! ごめんなさい! 今すぐ戻りましょう! あんな息子に渡して良いような商品じゃないんです! よくもあんな持ち方を! あの方は絶対に当主代理なんて名乗ることを許可されていないはずなのに! あれは絶対に自分の物にしようとしている顔でした!!」
「いや、待ってください! 俺は良いですから! 何も気にしてませんから!」
「駄目です! 全部御当主様に言ってやります!」
このあと俺がマルスさんをなんとか落ち着かせ、もう宝石のことは気にしないということになった。
「ユーマさんの善意であの宝石をお渡しすることが出来るのを完全に忘れてました」
「マルスさんが執事に任せれば良いって自分で言ってたんですから。もう終わったことは気にせず帰りましょう」
「ユーマさんにそう言われたら従うしかないですね」
「帰りも南の街に1番近い帝国領の街までで大丈夫ですか?」
「はい、よろしくお願いします」
マルスさんを街まで護衛し、街のお店でマルスさんとウル達でご飯を食べてもらってる間に、俺は一瞬ログアウトしてトイレを済ませる。
「ありがとうございました」
「いえ、プレイヤー様には必要なことですから。それに私も久し振りに賑やかな食事ができて良かったです」
「いや、一瞬でも1人にしてしまったのはホントにすみません」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
すぐにゲームへと戻ってきたが、そう言えば家や宿以外で俺がログアウトすれば、ウル達も一緒に消えることを忘れていた。
ただ、ウル達は俺がログアウトする前にもう既に食事はほぼ終えていたのか、俺が店の中に入るとウル達の分の食事はなくなっていたので、俺が間違っているのかと思いマルスさんに聞いたら、俺が消えた時はウル達も居なくなったと言っていた。
「本当に気にしないでください。いきなり消えてしまったのは驚きましたが、一緒に食べた時間はありましたから」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
俺はマルスさんへ最後にもう1回だけ謝って、少し余った食事をもらってマルスさんとはここで別れた。
「宝石の方はちょっと後味が悪かったけど、息子さんとのやりとりはマルスさんの方からあの家の当主に連絡しておくってことだし、もう気にしないことにしよう」
今回のことでこの世界の人に、より一層気をつけようと思った。
「もし悪そうな人が居たらウル達が知らせてくれるよな?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
俺だけなら騙される可能性があっても、ウル達も居れば騙されないだろうという根拠の無い自信が俺にはある。
こういう悪意を感じ取る力みたいなのは、人間よりも動物の方が敏感だったりするから。まぁウル達はモンスターだけど。
「これだけ好き勝手言っておいて、あの息子さんが普通の人だったら申し訳ないし、もうこの話は本当におしまいだな」
これで一旦ユニークボスを倒して出た、宝の地図から始まったマルスさんの宝石の件は、一旦終わりということでいいだろう。
「そういえば結局ユニークボスって南の街以外の場所では見つけられなかったな」
いろんな場所を回ってユニークボスを探したい気持ちもあるが、やっぱりまずは王国の中心である王都を目指したいという気持ちの方が強い。
「けどせっかく今来てるし、もう少し帝国領を進んでみようかな?」
さっきマルスさんと行った街は、帝国の中心である帝都には全然距離が近づいていないらしいので、目指すとしてもこの街から進むことになる。
「王国と同じなら次の街まではコボルトくらいの強さのモンスターが出てくるだろうけど、ウル達はここから次の街まで進んでも良い?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
ウル達の許可も取れたので早速次の街を目指す。
「こっちもコボルトの集落とかあるんだろうけど、今は無視だな」
今思うと冒険者ギルドで依頼を見てくれば良かった。
「冒険者ギルド寄れば良かったな」
「クゥ!」
「ん? ウルどうした?」
目を細めて道の奥の方を見ると、冒険者にも盗賊にも見える3人組が歩いていた。
「一応警戒はしててくれ」
「クゥ」「アウ」「……!」
「こんにちは」
「おう、プレイヤー様か」
「プレイヤー様だ」「プレイヤー様だな」
「次の街を目指してるんですけど、距離はあとどれくらいですかね?」
「帝国領の一番端の街から来たなら丁度あと半分ってとこだろうな」
「半分だ」「半分だな」
「あの、皆さん兄弟なんですか?」
「おう、そうだ。俺が長男」
「次男だ」「三男だな」
話してみるとただの仲が良い兄弟で構成された冒険者だった。
「正直に言うと、ちょっと盗賊なのかなと思って警戒してました」
「はははっ、言わなきゃバレねぇのにな。俺達の何がそんなに盗賊っぽい?」
「皆さん似たような格好でフード付きのものを着てますし、何よりも目立たない色の装備が1番危ないなと思いました。もちろんモンスターにバレないためだというのは分かるんですけど」
「なるほどな。勿論俺達は盗賊じゃないが、盗賊に間違えられたことは何度もある。これはどうすれば良いんだろうな」
「体を隠すような服はちょっと警戒しちゃいますね」
「まぁそれは変えられないからな。仕方ないか」
三兄弟は盗賊に間違われることにもう慣れているのか、あっさり納得してしまった。
「俺達も同じ街を目指してるんだが、一緒に行くか? もちろん道中のモンスターは一緒に倒してもらうが、お互いにとっていい話だとは思うぞ」
「いい話だ」「いい話だな」
「じゃあお願いしようかな。ウル達もそれでいいか?」
「クゥ!」「アウ!」「……!」
「よし来た。それじゃあ行くぞ」
ということで道の途中で会った3人組と一緒に街を目指すことになったが、同じパーティーメンバーにはなっていないので、俺達が倒さないとドロップアイテムはインベントリに入ってこないし、おそらく経験値も分配されないだろう。
「あの、今更ですけどお名前って教えてもらえますか? 俺はユーマで、ウルとルリとエメラです」
「確かにそうだな。俺はクロッソ」
「ラクシス」「ロポス」
役割としてはクロッソさんが短剣使いで何でもでき、ラクシスさんが大盾でのタンク、ロポスさんが双剣での火力担当という全員近距離物理攻撃という尖った編成だった。
「遠距離攻撃はしないんですか?」
「皆投擲は苦手でね」
「苦手だ」「苦手だな」
「じゃあ物理攻撃が効きにくい相手だったらどうするんですか?」
「ゴリ押しだよ」「ゴリ押しだ」「ゴリ押しだな」
「そ、そうですか」
クロッソさん達と次の街を目指して歩くが、戦力的にはもうモンスターに倒される心配はないだろう。
「ユーマ達は街まで何しに行くんだ?」
「帝都を目指してて、時間がある時に少しずつ近づいておこうと思って」
「確かにプレイヤー様はクリスタルを行き来できるもんな」
「便利だ」「便利だな」
「なのであんまり次の街で何かをしよう、とかは考えてないです」
「それはもったいない。ネルメリアは良い街だぞ」
「いい街だ」「いい街だな」
どうやら次の街はネルメリアという街らしい。
「どんな街ですか?」
「帝都の次に冒険者が多い街だ。その分荒くれ者も多いが、冒険者のための設備は他の街より整ってるだろう。帝国生まれの冒険者なら一度は来るべき街だ」
「そんなに有名な街なんですね」
「だがネルメリアでは絶対に調子に乗っちゃいけねぇぞ」
「どういうことですか?」
「毎年冒険者の中に居るんだ。この街の一番強いやつと戦わせろだの、この街の冒険者は腰抜けだの言う調子に乗った若い冒険者の馬鹿が」
「それは冒険者らしくて良いんじゃないですか?」
「まぁそれはそうなんだがよ。冒険者の街でそんなこと言ったら次の日ゴミ捨て場で目が覚めることになる。だから少しくらい自慢しようが煽ろうが、大抵のことは他人事だと聞き流してもらえるが、冒険者全員を敵に回すような発言だけは酔っててもしないのがこの街で生き残るためのルールだ」
「ちなみにその理論だと一番強いやつと戦わせろっていうのは別に冒険者全員を敵に回すような発言じゃない気がしますけど」
「この街に居る大抵のやつは自分達が一番強いって信じてるんだよ。それにもしそんなこと言われても名乗り出なかった奴は、腰抜けだって思われる」
「なるほど」
ネルメリアの街に入る前に色々聞けて良かった。
「まぁプレイヤー様は何かあったらクリスタルで逃げれば良いか」
「まぁそうですね」
「ユーマにもこの街を気に入ってもらえたら嬉しいが、とにかく楽しんでくれ」
「分かりました。ここまでありがとうございました」
「おう! じゃあまたな」
「まただ」「まただな」
こうして俺達は一緒にモンスターと戦ったり話をして仲良くなったクロッソさん達と、ネルメリアの街の前で別れるのだった。




