第48話 ホームルーム
教師という職務に就いて、これ程までに驚かされた事はない。彼は一学生という枠を一つ飛び抜けていた。子供を正しい道に導く者としてこのクラスの担任は、やりにくさと漠然とした不安感を抱いていた。
柳葉ノリコは自分のクラスに起こっている変化を水面化で見守っている。それは担任と言う立場だからこそ身に染みてわかる事だ。一言で言って「立場がない」。こんなにも円滑に物事が進むのはきっと彼のおかげだろう。教師として出る幕はなく。担任としてのリーダーシップを発揮出来ずにいた。
特にそれが顕著に現れたのは行事で何かを決めないといけなくなった時だ。様々な意見が積極的に出る。けれど人が沢山集まると衝突や意見の食い違いが発生するものだ。
「今どきメイド喫茶はないでしょ」
「お化け屋敷も作るのめんどくさそー」
「いっそのこと全部やめてみんなで踊っちゃう?!」
意見を否定する者や議論を脱線させる者。話し合いはそう言った発言で中断し、嫌な空気がクラスに立ち込め、流れが悪くなる。そこで望まれるのは担任がリーダーシップを発揮する事だ。場の流れを良くし活発な意見と考える力を促すことを望まれる。子供はそんな大人の背中を見て学び、社会の一員としての自覚を開花させる。
けれどノリコは経験上、子供達に好きに決めさせるのが一番だと思っていた。だから静観し、一つの意見に絞り込まれるまでただ見守る。自分の出番はその後だと決めていた。しかしこのクラスには彼がいる。当然、いつもとは違う現象が生まれた。
「今どきメイド喫茶はないでしょ」
「そう?全然ありだと思うけどなぁ」
「お化け屋敷も作るのめんどくさそー」
「心配いらないよやる時はクラス全員でやるんだからさ大丈夫だよ」
「いっそのこと全部やめてみんなで踊っちゃう?!」
「踊るのいいじゃん。他の意見に混ぜてみようよ!」
批判やネガティブな意見が出る度に彼がフォローを入れる。するとどうだ。皆が安心して意見を言い合うようになったではないか。おかしい。ノリコの経験上こういった場合には意見が滞り、発言が減り、子供達は悩んで考え始める。そうして社会や組織の難しさを学ぶと彼女は考えていた。しかしそんな現象は起きなかった。
彼が空気をポジティブにする。安心感がヒシヒシと伝わる。誰かが意見を言うたびに皆が彼の反応を観る。そうすると求められれば批判することなくまずは褒めたり肯定したりする。その影響で発言が活発で躊躇がない。次第にクラスの皆が彼の真似をする。
気持ちがいい。ノリコは素直にそう思った。けれど学ばせたかった自分の教育論とは違うその結果が何故か気に入らないのだ。気付くと彼女は教卓にしゃしゃり出ていた。
「はーい、皆さん。沢山の意見が出るのは結構ですがやる事は決まりましたか?あまり時間が無いので急いで決めてくださいねぇ!」
らしく無い。嫌な奴だ。ノリコは自分でもそう思っていた。けれど何か仲間はずれにされているようでモヤモヤとした。体は勝手に動いた。正直興奮していたのだろう。そのエネルギーがマイナスの方向に動いてしまったと言える。
「先生ご指摘ありがとうございます。後30分もあるので大丈夫です。僕達なら残り10分ほどで決めれますからご心配なく」
彼の行動は秀逸であった。目上の先生のプライドを挫く事なく。クラス全員を鼓舞し。10分という定量的なタイムスケジュールを意識させ、最後にまとめの時間も用意した。それを誰もが可能と確信する。そこに根拠はない。けれど根拠のない自信ほど強いものはないのだ。その空気を彼が作り出している。
「そ、そう。じゃあ頑張って」
ノリコの頭は急速に冷え込み、冷静にクラス全体を観る。角から見ていた時よりも鮮明に皆のやり取りがわかる。素晴らしいクラスだ。彼女は大人気なかったと反省してふと笑顔になる。彼の存在は全てに影響を与えるのであった。
そこからの動きは素早かった。全ての意見から皆が求める方向性と目的が明確になり、テーマが決まる。クラス委員が黒板に書かれた一つのお題にアンダーラインを引く。そしてそれを読み上げた。
「はい。それでは出し物が決まりました。私達のクラスは妖怪メイド喫茶とダンスで決まりです」
話し合いが始まった当初、そんな独創的なテーマになるなどとは誰が考えついただろうか。けれど意見は導かれるようにしてそこへたどり着いた。出来ないという目をした生徒は一人もいない。皆がワクワクとした気持ちで納得するのであった。




