第47話 調査
まるで西部劇でよそ者が酒屋に顔を出した時のような反応だ。ノックをすると「開いてるー!」という誰かの声が部屋の中から聴こえた。バシバシと電子音が飛び交う。ゲームのBGMだろうか。嫌な予感しかしない。
ヤスヒコは彼を先頭にして様子を見守る。先ほどまでの興奮は極寒まで冷めきって、まるで小動物のようだ。そして扉が開かれる。
「アツシくん、ちょっと良いかな?」
「今は無理ー!!」
皆ゲームの画面に釘付けになっていた。部屋の中はもう、すし詰め状態で8人ほどがプレイヤーで残り2人は後ろから応援している。これ以上は中に入れそうにない。それにとても聞ける状態でもない。
「今日は無理っぽいからまた明日にする」
彼はヤスヒコにそう提案した。オニシも「あの様子じゃ無理そうだね」とこれ以上の踏み入れるのに消極的である。仕方なくその部屋を後にしようとすると、扉はガチャリと開きアツシが顔を出す。
「どした?お前らもやりたいのか?」
アツシはコントローラを誰かに譲ってわざわざ出てきた。それから一部始終、話をした。
「ゲームを盗まれた?それで俺のとこに来たってことか…。言っとくけど俺は盗んでねぇぞ?今やってるのも俺の持ちもんだ。結構前からプレイしてる。確認するか?」
「いや、疑って申し訳ない。気分を悪くさせたね。ちょっと変わった事は無かったかなって頼ろうと思ったんだ。アツシくんは顔が広いからね」
「お、おう。そうか…」
アツシの目が泳いだ。それは極めて一瞬で目を見て話していた彼だけがそれに気付いた。
それから数日が経つとヤスヒコが彼に声をかける。昨晩、盗まれたゲーム機が元の隠し場所に戻っていたと言う。
「犯人はわからず終いだ…。けど君のおかげだと思う。ありがとう」
「それはよかった。一安心だね」
彼はそれだけ言って、引っ掻き回したヤスヒコを責めない。けれどそれでは自分の気が済まないと事を蒸し返す。
「君は何でそんなに冷静なんだ。同じ同級生と思えない。本当は僕のこと面倒臭い奴だと思っているんだろ?」
ヤスヒコの精神は安定しない。思い込みの激しい性格が自分を混乱させる。彼はきっと自分を非難したくて堪らないはずだ。そう思うとゲームも何もかもが手につかない。迷える子羊のように彼に罵倒と言う救いを求めていた。それを全て受け止める気でいたのだ。
「顔を上げて。そんな事ないよ。君は苦しんでいるんだね。僕にできる事はあるかな」
気付くとヤスヒコは全てをぶちまけていた。彼はそれを一生懸命理解しようとしている。その姿勢が閉ざされら心の扉を開く。
両親への不信感、友人がいないことへの不安、本当はどうすれば良いのかわからないという漠然とした恐怖。ヤスヒコは多くの問題を心に抱え込んでいた。
けれどそれは彼だけの悩みではないだろう。人は少なからず抱えてしまう普遍的な悩み。最後にヤスヒコは言った。
「どうすればいいと思う?」
するとそれまでは共感の姿勢でいた彼は安心したように優しい眼をした。
「僕もまだまだ未熟者だよ。だから僕が教えてもらった事を君に伝えるよ」
彼は言う。イメージして欲しいと。乃木ヤスヒコという男はとても感受性が高い個性を持っているのかも知れないと。それは素晴らしい能力だけれど使い方を間違えると強い刺激で心が潰れてしまうものだ。だから自分自身を一度、意識の外側において客観視する。それから周りを観察するのだ。きっとそこにはこれまでの人間関係の輪が自分を中心に広がっているだろう。
そして腕を広げる。手で触れることの出来る人や物事は数人か数個に限られるはずだ。それが君の直接的に影響を及ぼせる範囲である。更にその先に眼を向けると目でなら捉えられる人がいる。その人達には直接的に影響を与える事は出来ないし基本的にその逆もない。事件やニュースもそうだ。そこにあるのは意識し合う関係性か。或いは一方的な片思いだ。つまり関心があるだけの人、もしくは出来事なのだ。
手に余るという言葉がある。人は自分に出来る範囲でしか問題を解決出来ない。何かを選択する事でしか次に進めない。そこで変化するのは自分自身である。その手に持つこともできない問題を意識しても影響を与える事が出来ないということだ。
関係し合うことで得られる相乗効果はあくまでも結果であり、自分のした選択はあくまでも一番近い人間にしか影響を与えなかったはずだ。それが波及する事実はただの関心となりどうすることも出来ない。
「ヤスヒコくんにとって譲れない大事なことって何かな。それを無くさずに持っていれば良いと思うよ」
それは人でもゲームでもない。何かに依存した大事なことではなく、自分の中にある原則のようなもので良心に従ってそれを守ればきっと自分を取り戻せる。彼はそう教えたのだった。




