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第45話 期待の反動


 何か良くない事が起きてしまうと人は誰かのせいににしてしまうものだ。けれどそれでアナタの気が晴れるかといえば、それは人それぞれだ。けれど問題は解決しない。変わるべきは自分であり、他人を変えようとする努力は報われはしない。時間ばかりを取られて望んだ結果を得られる保証はどこにも無い。


 ただ自分の行動だけは選ぶ事ができる。それでも結果を選ぶことは出来ない。必要なのは忍耐だ。すぐに上手くやろうとせず、少しずつ、長い時間をかけて良くしていこうという姿勢に人々は影響を受けるのである。


 「正直に言ってくれないか…君が盗んだのか?」


 「僕を疑ってるんだね。でも残念だけど君の思っている事を僕は知らないし、やってもいないよ」


 乃木ヤスヒコはイラつきを隠せない。彼はゲームに依存していたのだ。それはタバコや麻薬に似ているが、人に向けるモノに近いだろう。恋人や配偶者に依存した者はその人を失った苦しみに耐える事ができない。自分を見失い己の人生を無意味に感じてしまうだろう。けれどそれは幻だ。


 人はまるで世界をそのままに受け入れて認識しているかのように感じている。けれど本当は記憶や経験によって作り出された自分だけの世界観があり、そのレンズを通してでしか物事を見る事が出来ない。ヤスヒコはその分厚いメガネを通して他者の殆どを敵と定めている。だからじゃないが予測の範疇を超えない動きしかしないゲームの世界は現実逃避に優れていた。その魅力に取り憑かれるのも無理はない。


 「君が盗っていないなら…その証拠を見せてくれ…」


 自暴自棄だ。思考は停止状態にあるのかもしれない。


 「見つからなくて不安なんだね。けれどそれは出来ないよ。証拠はない」


 「じゃぁどうすればいいんだ…」


 「僕は一緒に探す事ができる。見つかる保証は出来ないけどね。ヤスヒコくんはどうしたいの?」


 ヤスヒコは「それでいい」と半ば投げやりな返事をした。信じられるものは何もないと言わんばかりに…。


 昔の話、乃木ヤスヒコは幼く物心を付けたばかりの頃だ。おとなしい性格で親の言う事をしっかりと聞く「良い子」としての評価を得ていた。それと同時に叱られる事を極端に嫌う子供でもあった。


 それは自分を否定される事に強い恐怖心を育てた。人と接する時間が増えるとその辛い出来事は増え、逆に減ると楽になった。次第に人と接しない方が精神的に楽だと言う事に気付く。それはやみつきになる程の習慣を生んだ。


 それでも親には一定の信頼を寄せていた。ヤスヒコが良い子を演じている間は褒めてくれる。けれど期待の言葉だけは受け入れられなかった。親の言う立派な大人をイメージ出来なかったのだ。


 「ヤスヒコは父さんと同じ立派な大人になるんだぞ」


 「はい」


 父親は公務員だ。安定的な収入を得ることが出来ると言い、真面目に正直に生きる事を勧められる。それはしばらくの間、疑う余地もなかったが、ある日を境に良くわからなくなる。


 「ヤスヒコ!ヤスヒコは起きてるか!」


 自室で眠っていたヤスヒコは突然、叩き起こされた。何事かとパニックになる。母親は様子のおかしい父親を止めようと必死だ。けれど男の力の方が強い。払い退けて連れていかれる。強烈なアルコールの臭いがする。


 「ヤスヒコ!いいか?良く聞け!お前は公務員なんかにならなくて良い!もっと勉強して!もっと上を目指せ!官僚でもいい!とにかく上を目指せ!!上だ上!」


 リビングで両肩を大きな手で強く挟み込まれて泣きながら、訳もわからず「はい!」と返事をした。その記憶が強烈に焼き付いている。父親は同窓会の帰りだった。そこで嫌な思いをした事は推測できる。


 そして翌日、父親はいつも通りだった。何も覚えていないかのようだ。昨日までは力強く感じていた言葉も今日からは偉そうに聞こえる。まるで呪いだ。呪われたのだ。ヤスヒコはどうしようもない怒りが込み上がる。あんなトラウマを植え付けておいて自分は知らぬ存ぜぬとはどう言う事だ。ずるい。


 ヤスヒコは思った。立派な大人はずるい。そんなモノにはなりたくないと。だから本当のことは何も言わないと。どうせ誰もわかってくれない。大人はみんな立派だから。それ以外の大人は犯罪者だけ。誰も信じられない。


 彼の頭脳は皮肉にも悲観的な結論を出した。それは簡単に塗り替えられるものでも無い。ヤスヒコは立派というものの定義を自分で作り上げた。それに該当しない者を嫌う。職場の愚痴やご近所の愚痴や他人への妬みを言う。そんなずるい大人は立派では無い。自分の人生に満足していないものが立派な大人のはずがないのだ。


 そしてとうとう該当する大人に出会えなかった。その苦しみから逃げるようにしてゲームにのめり込んでいた。


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