第41話 共感
踏みつけられて痛んだ薔薇の茎を一つ一つ拾い上げる。酷い有様だ。根元から切り落とすだけじゃ飽き足らず、踏みつけて追い打ちをかけている。まともな人間のする事ではない。誰がこんな事を。一人の同級生の顔が頭に浮かぶ。けれど確証はない。いつかイジメが再開する予感はしていた。それでもこれはあんまりである。
カナメの瞼に涙が溜まる。けれど一人じゃない。一緒に彼が居てくれるから何とか気持ちを落ち着かせられる。本当はもっと思いっきり泣き腫らしたい。何一つ希望がなければ、学校にすらもう2度と来たくない気分だ。
「大丈夫、任せて。全部は無理だけど、また一からやり直せるから」
挿木をすると彼は言った。薔薇は生命力が高く、水に浸けておくだけで新しい根っこが生えて復活する事があると言う。だからバケツに水を少し溜めて一本一本に分けて浸けている。
後に元園芸部の先生がやってきた。悔しそうに項垂れてため息を漏らす。けれど大事にしたくないと先生は言った。何か打てる手は打つが余り期待しないでくれと謝る。これが大人の対応だ。犯人を粗探ししたとしても誰も気が晴れないだろう。貴重な時間ばかりを取られ、損をするのは自分達だ。大事なのはこれから自分達がどうしたいか。そこにかかっている。
そこから数日が経つ。全校集会が緊急で行われて生徒全員に注意喚起がなされた。校舎裏は立ち入り禁止になった。カナメの手にはバケツに入った治療中のバラだけが残る。居場所を無くした。ショックはやはり大きい。
「カナメさん。ちょっと行こうか」
彼は教室でカナメに声をかける。何事かと注目が集まった。けれどそれを無視して教室から出て行く。向かうは職員室。そこにはあの薔薇のバケツがあった。
「いやぁ。ごめんねぇ。何とか許可が降りたよ」
先生曰く、この薔薇達を表の花壇に植えて良いそうだ。その代わり自分達が責任を持って面倒をみる。そう言う約束だ。
ミツキは「ありがとうございます」と頭を下げる。彼も一緒に感謝した。けれどまだ本当の問題は解決できていない。教室に戻ると事件が起きていた。喧嘩が勃発していたのだ。
「そう言うのダセェからやめろって!」
「うっざ…何正義ぶってんの?ちょっと揶揄っただけじゃんキモっ!」
男子の一人とミツキのグループが言い争っていた。カナメの机を見ると落書きと鋭利なもので彫り込んだ跡がある。彼らのグループの手には鋭い剪定鋏が握られていた。
「ちょっとここで待ってて」
彼はカナメを教室の外で待たせて中に入る。そして「君が止めてくれたんだねありがとう」と男子に感謝をした後、ミツキの方に振り向いて言った。
「話を聞かせてほしい」
そこからは頑なだった。そして不思議なやり取りを目の当たりにする。
「私たちはちょっと揶揄っただけ、落書きはしたけど鋏で傷つけたのはコイツだから私は関係ない」
「はぁ?!お前がやろうって言ったじゃねぇか!」
「言ってないし!」
顔を真っ赤にしたミツキとグループの男子が揉める。収集がつかない。そこに彼が入って行った。
「みんなムシャクシャしてるんだね。何か気に入らない事があるんだ?」
彼は強い眼差しでグループを見た。空気が一瞬で変化する。すると一人の女子が前に出て語り始めた。
「私、本当は嫌だったの。でも止められなくって…」
「そっかぁ。それは苦しかったね。でも言ってくれてありがとう。…みんなも遠慮する事はない。僕はただ君たちの気持ちを知りたいだけだ。何も責めはしない」
そう言うと、一人また一人と打ち明け始めた。まるで自分達は悪くなくてやらされただけだと言い張る。それに対して何も言い返さず、感情に寄り添うようにして彼は話を聞いていた。
そして最後に黙ってムスッとしたミツキだけが残る。ようは彼女が全部悪い。そう結論付けるかのような空気の流れだ。誰もが彼女が断罪される事を願う。そして泣き出した。
「どうせ!わたじがぜんぶ悪いんでしょ?!わーん!!」
場の空気が白ける。男子は困ってざわつき、女子は「うわ、嘘泣きだ」だと言って呆れる。けれど彼だけが違う対応をした。
「泣かないで。君がどう思っているのか聞かせてほしいんだ。少し向こうで話をしようか」
教室の端で彼はミツキの話を聞いている。ヒステリックな振る舞いにも動じず。頷き、気持ちに寄り添う。そして最後に彼女言った。
「私…どうすれば良いのかな?」
「本当は悪い事をしたと思っているんだね。謝ろう。カナメさんに謝って許してもらおう」
「…うん」
簡単な事だった。悪い事ををしたら傷つけた人に謝罪する。迷惑を掛けた人に謝罪する。側に彼が立ち会いミツキが謝る。後始末は彼が引き受けた。




