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第37話 別々の道


 農家に生まれた者が実家を継ぐか継がないかで迷うとき、とりあえず世間は農林高校に入るように勧めてしまうものだ。別にそれでなくとも仕事というのはやり始めた時から学べば良い。スタートダッシュから苦労しないようにその職業に適した人材に育成された人間が就職先で成功するかは別問題だ。


 だから可能性という点においては普通科のある別の高校を僕は選んだ。凡ゆる事を僕自身が学べば良い。それについては確たる自信がある。進学先を選ぶのに条件があるとすれば、それをどれだけ支援してくれるか。そこに僕がフォーカスしたのだ。それは珍しい選択だったのだろう。村の人達から心無い言葉をかけられる。「親不孝もいい加減にしたらどうだ」とか、「親に食わせて貰っとるくせに恩を感じないのか」とか、そんな感じのニュアンスだった。


 いつの間にか、僕はそんな一言で心が折れるような人間では無くなっていた。明確な目標があるのだ。何処で学ぶかは重要なことだが、とにかくこの村から離れることのできる寮制の高校である事が前提だった。


 近所のお兄ちゃんが進学した農林高校がこの村では一番ポピュラーな選択肢である。そこも寮制だから進学と共にこの村を三年間離れる事自体は一般的だ。そこから大人になって他所に移り住む人が増えたのは別の問題である。けれど子供のうちから普通科に進むとあれば村に戻ってくる気がないことが自然と伝わるだろう。


 村が僕に向ける関心の輪は一時的に高まって僕の家族を執拗に責めた。何を言っても言い返さず、当たり障りのない返事をする僕に嫌気が差したのだろう。おせっかいなおじさんおばさん達は攻撃するターゲットを変えて何とか自分の意見が通るように家族へ投げかける。両親には苦労をかけたと思う。爺ちゃん婆ちゃんにも申し訳ない結果をもたらした。そのフォローを全部引き受けてくれた父さんには感謝しても仕切れないぐらいだ。


 そしてその日はやって来た。電車では間に合わない。だから父さんが車を飛ばして受験先の近くまで送ってくれる。保険に保険をかけすぎて朝方の6時にはその一帯に到着していた。早すぎてコンビニで時間を潰す。コレが受験の空気感かと僕は思ったが他とは違う事を後に知ることになる。大した事じゃない。


 「やっと、この日が来たな。まぁ結果はどうあれ俺は心配してない。お前はよく出来た息子だ。きっと上手くやれる」


 「うん、ありがとう。頑張るね」


 一緒に缶コーヒーを飲みながらただただ時間が過ぎて行くのを待つ。久々何もしない時間を過ごす事ができた。3年生になってからとにかく受験勉強を頑張った。他にも読みたい本は沢山あったがこの日のために我慢した。正直、合否の結果よりも明日からまた好きな事が学べることの方が嬉しい。そのために全力を尽くす。それだけだ。


 そして無事に僕は合格を果たした。当然の結果だ。こんな所で挫折を味わっていたら苦労しない。高校は人生の通過点でしか無いのだ。やりたい事をやる。何処で学ぶかはさほど違いがない。


 「合格おめでとう…」


 「ありがと…アンタもおめでとう」


 トモちゃんも無事合格した。別に馬鹿にしているわけじゃないが彼女が進学する農林高校はお金さえ払えば入れると噂されている。本当かどうかわからない。どんなに頭が悪くても不合格になったと言う話を聞かない。そのせいか彼女からは達成感を感じなかった。


 「コレでやっとお別れね。…よかったわね」


 そんな事を言われるとは思っていなかった。様子がおかしい。何故か喧嘩腰になっている。


 「良かったって…何が?」


 僕も何かが込み上げてきて、それを止める事が出来ない。確かにトモちゃんとは関わらない生活を続けてきた。こうしてたまたま鉢合って話すのは久しぶりだ。けれどそれは彼女が僕を避けたがっていると思っていたからだ。まるで僕が避けていたかのような言い方をされて頭にきた。


 「どうせアンタはもう帰ってこないんでしょ?良いよね。アンタだけ東京に行けて」


 かつて二人で交わした約束を思い出す。けれどこれから行くのは県内の高校だ。まだ東京に行くわけじゃない。だから意味不明だった。血の上がった頭では、その言葉の裏に隠された思いを汲み取る事は出来ない。喧嘩をするのも初めてだ。いつもなら僕が先に折れた。


 「今はそんな事関係ないじゃん…だってトモちゃんが先に…先に…」


 それ以上の言葉を僕は飲み込む。トモちゃんのせいにしてもどうしようもないのだ。けれどそれが彼女の癇に障った。


 「はぁ?私が悪いって言いたいの?!アンタだってあの時、何もわかってくれなかったじゃない!!」


 トモちゃんは涙を流した。この時、僕は後悔する。もっと早くにこうしてぶつかり合っていれば良かったと。そうすればあの時のようにやり直せていたかも知れない。けれどそれはもう遅い。


 「…私も確かに悪かったかもしれない。でもアンタはもっとわからずやだった!…何処にでも…行っちゃえ!」


 返事をする前に彼女は僕を横切り、走り去っていく。懐かしい香りがした。そばにいるときにいつもしていた香りだ。それがもう永遠のさよならを暗示しているかのようで胸が苦しくなる。あの時、僕が心に閉まった違和感が蓋を開けて出てくる。僕は本当の意味で失恋したのだ。視界が霞んで前がよく見えない。瞼に溜まったモヤが無くなるまで僕はトボトボと家まで歩いた。

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