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第33話 亀裂


 虚しい日々が過ぎていく。姫は僕を悪の根源のように扱うようになった。そんな気がする。コレは僕の主観に過ぎない。けれど話す事を拒む彼女から真実を聞くのは困難だ。それでも諦めずに、いつか心を開いてくれると信じて彼女の家に通う。けれど今日はコレで最後になりそうだ。


 「…いつも悪いね…。でもその…もう良いのよ。しばらくはそっとしてやって欲しいの。学校には絶対行かせるから…ね?だから今日から一人で行きなさい…」


 「…はい」


 玄関先で姫の母親は疲れた表情をして僕に言った。勘の鈍いふりをして、学校へと足を向ける。何の感情もないポーカーフェイスを上手に作った。今は僕の背中しか見えていないはずだ。それで許しを得たように何かが込み上げて来る。徐々に完璧に作った無表情がクシャクシャに崩れていく。


 僕はわんわん泣いた。きっとコレで終わりだ。何もかもが終わった。そんな気がした。今までの事は何だったのか。こんなにも好きなのに。もう終わってしまったのか。受け入れ難い事実だ。そして学校に着く頃には涙は枯れていた。


 授業の雰囲気は最悪だ。僕らは共にいない者とし、お互いの存在に触れようともしない。それは精神的にとても辛い時間だった。だから学校が終わると一目散に帰る。走る。彼女の苦しみが追いかけてきそうな気がして。それを振り払うようにして。そして僕はあの図書館から借りてきた本に夢中ですがった。内容の厳しさが寧ろ優しさに思えるぐらいに僕を励ましてくれる。生きる希望を与えてくれた。僕が抱える悩みがちっぽけである事を教えてくれた。


 読み返し、コレでもう十何回目だろうか。数えていない。けれど今回で4回目のリピートだ。3ヶ月近く借りている。もはや買い上げたいぐらいだ。電車賃もバカにならない。けれどあのお兄さんに渡されたこの本でないと意味がない気がしていた。それは単なるジンクスだ。コレは意地である。大富豪から勧められた本だ。絶対に意味がある。


 そしてなによりもダンスケ先生の言っていた事とほぼ同じ事が書いてある。偶然とは思えない。本の著者が先生の顔で脳裏に映る。僕はこの本を介して先生と対話していた。その全てを身に吸収するように何度も読み続けた。それからある日、僕はまた一人で図書館へ向かった。


 「あのぉ。他のお客様から貸出予約が入ってますので延長は出来ませんね。まだ読み終わっていないのでしたら予約しておきますか?」


 司書さんは僕にそう告げる。けれど何かもういいような気がして僕は「いいえ、大丈夫です。本当にありがとうございました」と言って頭を下げる。その畏まった様に司書さんは動揺したのか「いえいえ、そんなに畏まらず、また気が向いたらお越しください」そう言って照れ臭そうにしていた。


 けれど僕は全然違う事を考えていた。僕はコレで先生と本当にお別れをしたのだ。あの時に言えなかった言葉をこの本を介して伝えたかった。実際に伝わったかなどさほど問題ではない。僕がそう思えるように気持ちを選択したのだ。そう教えてもらったのだ。


 それから当たり前のように時間は過ぎていく。もちろん姫との…いや、トモちゃんとの関係は正常に戻りつつある。けれど昔ほどの熱はもうない。僕の目線は既に遥か先の死するその日を夢見ていた。だからなさなければいけない重要なことが山積みだ。学生と言う時間は限られている。


 恋愛をするのはその後からでも十分に間に合う。僕は人生の終わりから順に今日までの日々に一本の線を描く。必ずそこに達し、必ず立派なお金持ちになる。あらゆる誘惑は僕の前ではゴミと化す。


 これから先、孤独で辛い闘いが待っているはずだ。けれど僕は決めたのだ。どうせ最後には必ず死ぬ。この村の誰もが僕を理解してくれなくても世界がきっと僕の努力を讃えるだろう。それを証明する為に偉人達が残した数々の叡智を頂きにいく。本を通じてそれを必ず習得してみせる。この日を境に僕は生まれ変わった。もちろんその異変は村中の知るところになる。


 「お前最近、本ばっかり読んでいるそうじゃないか…」


 父さんは夕食中にそう切り出した。僕は「うん」と答えるだけだ。けれどそんな簡素な返事が欲しかった訳じゃない。ピリつく空気から肌に気持ちが伝わる。しばらくの沈黙の後、母さんが作ったように明るく振る舞い。とある提案した。


 「あっそうだ!久しぶりに家族でキャンプ行かない?!もう何年も行けてないでしょう?どう?」


 ニコニコと振る舞い、健気である。母さんはキャンプが大嫌いだ。バーベキューの日と同じように後片付けを女1人任されるからだ。幼い頃に数回行ったのを最後に全く行かなくなった。そんな苦肉の策を持ち出してまで家族の中を取り持とうとしていることに僕は胸打たれた。


 僕は決して孤高になりたいわけじゃない。たまには気を休めよう。人生はまだ長い。どんな選択であれ心の芯さえブレなければいいのだ。家族は大事にしたい。だから久々のキャンプに出かけることになった。


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