第31話 有名人
カフェスペースで読む本は格別である。とても集中出来そうだ。ここには僕の知らない知識が沢山ある。夢が広がる。この図書館に入り浸りたい。思う存分本を読んで知性を高めたい。そんなポジティブな気分にさせる。
「ねぇ凄くない?これ泡で出来てるんだよ?カワイイー」
姫はラテアートに夢中だ。「私もスマホ欲しいな…」と周りの様子を見て言う。皆、その手にはスマートフォンを握りしめ、コーヒーの上に浮いた模様を必死にカメラに収める。持っていない僕らにその手段はない。
「先に本選んできて良いよ。私待ってるから…」
「うん。ありがとう行って来るね」
荷物を置いて身軽な気持ちで心ときめく本を探しに行く。ここに来たら読むと決めていたジャンルがある。お金に関する本だ。これだけの種類があれば何かいい一冊に出会えるかも知れない。僕は館内の検索ツールを使ってそこへ向かった。あまり読まれないからだろう。奥まったところにその棚はあった。人気はない。ちょっとワクワクする。僕だけがこの中から選び放題なのだ。そしてとある本を手に取った。
「何これ重たい?!」
サイズはA4判ぐらいで分厚い。と言ってもそんなに違和感がある程じゃない。深い緑の背表紙が僕の目を惹きつけた。その他の一冊とは何かが違う。何故かそう思えた。そして引き出すと直ぐ、その異変に気付く。異様に重たいのだ。持てないほどじゃない。けれど紙の重さではなかった。
「こんにちは少年…。ちょっとそこで待っててね。本は開いちゃだめだよ」
僕は声のした方向を探す。けれど誰もいない。館内アナウンスだろうか。けれど余りにも自然に聞こえた。まるで耳元で囁かれたような不思議な声。それは女の人だ。そして暫くすると、その人は向こうのほうからカツカツとヒールを鳴らして現れる。赤毛で綺麗な大人の女性だ。日本人離れしたその顔立ちから外国とのハーフである事がわかる。
更にその背後に男の人が一緒に来る。背が高い2メートル以上あるだろうか。その人も赤毛。恐らく親族かなんかだろう。
「ごめんねぇ。君が見つけてくれたんだね。その子はねぇ、目を離すとすぐに隠れちゃう困った子なの。返してくれる?」
「え?あ、これですか?」
僕はその重くて分厚い本を差し出した。頭の整理ができていない。まるで生きているかのように言うものだから理解が追いつかないが、恐らくこの本の事を差しているのだろう。
「そう、その子。ありがとうね。重かったでしょう?代わりに何かお役に立てる事は無いかしら?」
「えっと…その」
恐らく危ない人たちじゃない。多分純粋に変わった人なのだろう。けれど何か良いことをしてしまったらしい。棚からぼた餅。それがこの重たい本だった。お願いをすれば何か「お役に立てる」らしい。
「あの…お金持ちになれる本はありますか?」
「へ…?お金持ち…」
その女性は後ろを振り向いて男性に目線をやる。すると一言も発せず、無表情だったその人は急に黙々と本を探し始めた。その中から一冊だけ取り出す。その本のタイトルは「7つの習慣」。それを僕に手渡した。
「少年。コレを読め」
そう言ったきり男性は黙って去っていく。その後を赤毛の美しい女性が追いかける。去り際に「また来てねぇ。ふふ」とニコニコしながら僕を見ていた。実感の湧かない不思議な時間を過ごすのであった。
カフェスペースに戻ると姫は未だにラテアートを眺めている。しかし異変が一つあった。僕のアイスココアは薄茶の氷水だけになり、飲み干されていた。間違いなく一口頂かれたのだろう。予想の範囲内だ許す!
「遅いよぉ。何借りて来たの?」
僕はその本を見せた。リアクションは「ふーん…」って感じである。表紙にプリントされたスーツ姿の怖そうなおじさんがニコニコ笑っている。
「じゃあ次は私ね」
そう言ってその場を離れていく彼女の手を掴み僕は引き止めた。精一杯凛々しい表情を作る。「どうしたの?」と驚く姫に僕は言った。
「一口貰っていい?」
その返答は言わずもがなだ。僕は本を借り、彼女は2杯分の飲み物でお腹をタプタプさせながら帰路に立つ。今日は面白いことがあった。帰り道でその不思議な体験を話す。
「その本知ってるの?」
「あ、コレ?知らないよ。背が物凄く高いお兄さんにおすすめされた」
その内容を話していくうちに彼女はミルミルと様子が可笑しくなる。僕は思い出しながらその出来事を夢中で語った。けれど袖を引っ張られて「ちょっと…あれ」。そう言って話を遮る。姫は向こうの方。館門へと指を差す。そこには高級リムジンに乗り込むあの女性と男性いる。僕に気付いたその女の人は笑顔で手を振った。そして去っていく。
「あの人、テレビで見たことある。この図書館のオーナーよ…」
それはつまり。あの時この世界を裏から牛耳る華麗なる一族と対話したと言うことだ。僕は急に悪寒が走る。テレビを観ない僕にとってはただの他人だったが、知る人からすればとんでもない体験だったようだ。その後、村に帰った僕はしばらく英雄扱いになった。




