第29話 デート
恋人になった者同士のやり取りを人に見せるのは恥ずかしい。お見苦しい姿を見せる事になる。側から眺めるには受容の精神が不可欠だ。
大きな図書館に行きたい。そんな口実で僕らは電車に乗る。気温もそんなに暑くない。自転車があれば問題なくたどり着く。駅までの距離が以前と比べて随分と近くに感じる。
けれど1時間から2時間に一本しか電車が来ないのはやはり退屈だ。その間、おしゃべりをする。別に会話がなくても苦じゃない。そんな些細な空白がどうでも良くなるぐらいには一緒に過ごしてきたつもりだ。
「たのしみー。大きな図書館ってどんな感じなんだろう!」
「本当だね。中にカフェとかもあったりするのかなぁ」
「何それ?ちょーオシャレじゃない?」
大きいと言っても街の図書館である。別に何か特別立派なところに行くわけじゃない。それでも閉鎖された環境に生きる僕らにとっては未知の世界である。そこは結構有名なところだそうだ。何処かの大富豪が趣味で運営しているとか何とか…。それならばカフェがあってもおかしくない。僕の想像だ。
中学生になったからなのか。はたまた大人たちの信頼を勝ち取ったからなのか。誰も行く事を止める者はいなかった。
「図書館?あー、あそこね。確かに行って帰って来れるね。行ってらっしゃい。気を付けるのよ」
母さんは快く見送ってくれた。僕らは溜まっていくだけのお年玉やお小遣いを一部切り崩して、隣街へと向かう。待合の席には二人だけ。たまに軽トラが横切るが外からは見えない。間が訪れると右手はコッソリと歩み始める。
横に座った姫の左手にちょっとした挨拶をする。トントンと指で手の甲をノックすると、彼女は振り向く事なくニヤリと笑って僕の手を握り返してくれた。指と指が絡む。恋人繋ぎだ。心臓がバクバクする。幸せである。
「積極的ぃー」
少し前屈みになって横から僕を上目遣いで見上げた。揶揄ってくる。このやり取りが僕と姫の精一杯の恋愛だった。キスをしたいと思っているのは僕だけなのだろうか。彼女の口元に視界がフォーカスされる。リップを塗って艶々になった唇が僕を誘っているかのようだ。唾を飲み込む。
「き、今日も似合ってるね。花柄が可愛いよ」
そう言って、顔が熱くなる。姫も耳を赤くした。以前は普通の事だったが状況が変わるとこんなにもキザに聞こえてしまうものなのだろうか。恥ずかしい。
「でしょー。この前買ってもらったんだー。観てー」
ベンチから立ち上がってクルリとターン。紺色で花柄のワンピース。そのスカートがフワリと浮く。涼しげでこれから暑くなる季節でも着れそうだ。少し厚底のサンダルを履いている。シャツを羽織っただけの僕と違ってオシャレだ。もっと頑張ろう。そう思った。
母さん曰く、可愛い孫に姫の爺婆はメロメロだそうだ。隙を見て何でも買ってあげようとするとか。彼女のママがぼやいていた「あんまり、甘やかさないでほしいわぁ」と。けれど嫁と姑の関係は複雑だ。これ以上は言わないでおこう。
そして良いタイミングで電車が来た。
「ほら行くよ!」
僕の手を掴んでベンチから起き上がらせる。誰も乗っていない。もちろん車掌さんはいる。けれど僕らを乗せるためだけにここに停車したのかと思うと、特別感があった。
無人駅のため車掌さんに直接下車駅までの運賃を支払う。憧れのICカードがあれば良いのだが僕らはまだ持っていない。
携帯も持っていない。そして故郷を離れる。少しの不安が過ぎった。けれど電車はお構いなしに出発する。扉がプシュと閉まる瞬間に手を握る力が強まった。彼女も不安なのだろう。僕は「大丈夫。僕がついてる」そう言って強く握り返した。
電車に揺られて少し眠たくなる。けれど寝てしまっては降りる駅を見逃してしまう。すると姫は僕の肩に頭を預けて眠り始めた。眠気は一瞬で吹き飛んでしまう。信頼されている。彼女を無事に目的地へ案内するのが僕のミッションだ。そう思うと何故だか強くなれた。
「もう着くよ。起きて」
「んぅー」
寝ぼけ眼の姫も悪くない。可愛いは正義である。扉が開くと近代的なホームを目の当たりにする。もっと都会に住む人からすれば大したことのない造りなのだろうが。僕らにとっては十分最先端だ。
「わぁーすごーい。凄い人!お祭りみたい笑える」
人が多いというだけで凄い。僕らの田舎丸出しなリアクションの方が滑稽に見えていただろう。
「行くよ。バスに乗らなきゃ」
「うん」
標識と情報を頼りに僕は進む。カッコいいところを見せたい。そう、これはデートなのだ。彼女をガッカリさせたくない。慣れない素振りを隠し、平気なふりをして彼女をエスコートする。僕は姫にふさわしい男になるのだ。そんな気持ちで街に繰り出すのであった。




