第26話 悪夢
意識が朦朧とする中で何度も目覚めた。冷たい布がおでこに置かれるとスッと、不快感は薄れていく。けれどそれも一時の事だ。
僕の意識は再び夢の中に落ちていく。ここは確か…ビニールハウスの中だ。鈴なりになったプチトマト。けれどこんなに天高くまで聳えていただろうか。床も天井も全てトマトの蔓で覆い尽くされている。
意識がハッキリしない。けれどここがいつものビニールハウスだって事は何故だかわかる。僕はこの迷路のような空間から脱出しなければならない。幸いにも食糧は幾らでもあった。
とにかく脱出しよう。そう思ってフラフラと歩いていく。脚に蔓が絡んで上手く歩けない。気付くと体全部が巻き取られていた。これでは動きにくいわけだ。助けを呼んだ。何度も叫び、誰かの名を呼ぶ。
そう…トモちゃんだ。姫を呼んでいるんだ。いつも一緒だからきっと彼女もここにいるはずだ。絶対に遠くには行っていないと思う
「ちょっとアンタ。どうしたのその格好。笑える」
良かった来てくれた。早く助けてほしい。苦しいんだ。体に巻き付いているモノを解いてほしい。身動きが取れないんだ。
「何言ってんの?どうせ自分で出来るでしょ?私が居なくても。自分で頑張りな」
そんな事はない。君が必要だ。早く手伝ってお願い!…けれど彼女がそう言った瞬間、締まっていたモノは緩くなった。キツく縛られていると思い込んでいたのは僕だけ。スルスルと解けて、勝手に地面に落ちた。
「ほら、私の言った通りでしょ。アンタは一人で何でもやっちゃうんだから」
何か腑に落ちないが、納得してしまう自分がいる。そして彼女の胸を見た。とても大きなプチトマト。破裂しそうである。意味がわからない。どうしてしまったのか。
「あー、これ?いいでしょ?アンタの大好物よ。いつでも食べて良いからね。しゃぶりついて…」
彼女はその二つの大きなプチトマトを僕の前に突き出した。ツヤツヤで光沢がある。新鮮そのものだ。きっとジューシーで最高に美味いのだろう。けれどそんなわけにはいかない。
え!?いや…マジですか?!良いんですか?!…いやいや女の人の胸を食べるなんてあり得ない。ましてやしゃぶりつくなんて、赤ん坊のする事だ。それに雨が降ってきた。体がびしょ濡れになっていく。このままではトマトが水を吸い過ぎて本当に破裂する。とにかく治そう。元に戻した方がいい。一刻も早く。
「えぇー。でも勿体無いよ。せっかくなんだから」
大丈夫。いつも通りの君で良いから。そのままの君が大好きだから。一緒に探そう。治す方法はきっとここの何処かにある。僕は姫の手を掴んで歩き始めた。
「そう。私のこと本当に好きね。じゃあチューする?」
へ?!いや…。したいけど…良いの?彼女と向かい合って並ぶ。既に準備万端だった。身長はもうほぼ僅差。目線は同じ、これからは僕が追い抜いてしまう。そう予想される。今が一番等身大でトモちゃんと向き合える瞬間なのだ。
「良いよ。いつでも来て」
僕は今こそ彼女の唇を奪う。数々の邪魔があった。それを乗り越えてついに…今…。
「「みーてーるーよー!!」」
母さん!?いや…父さんも。爺ちゃんも婆ちゃんも近所のおじさんもおばさんも…。トモちゃんのパパママも…。みんな観てる。トマトの蔓から顔だけ出して覗いている。何で?さっきまで僕と姫だけだったのに。
「あーあ。今回もお預けね。残念。ふふ」
え?ダメなの。さっきは良いって言ったのに。何で…。
「だってアンタが遅いから。胸もこのままだし。卒業したら何処へでも行っちゃうんでしょ?わかってる…行きなさい」
そんな事ない。何処までも一緒に行こう。君が居なきゃ嫌だ!アレ?遠ざかっていく。姫は笑顔で手を振る。「バイバイ」と。その表情がだんだんと悲しみに変わる。胸が引き裂かれそうだ。戻ろう!僕は走る。けれど蔓が絡んで動けない。どうしてだ!さっきは簡単に剥がれたのに!何で!!
「ハッ!」
目の前に姫の顔があった。
「あっ起きた。…大丈夫?もう熱くないみたいだけど」
オデコとオデコがくっついている。この距離感ならいつでもキスが出来る。けれど意識が戻って夢だったと思い至る。それに僕は風邪ひきさんだ。うつすと悪い。我慢だ。
「ありがとう。来てくれたんだ。でも大丈夫?うつっちゃうよ」
「私はそう簡単に引かないから」
姫は昔から丈夫だ。高熱を出して寝込むのはいつも僕だけ。彼女は鼻水程度で済んでしまう。
「まぁ、よかった。アンタは寝込んで私だけ平気とか笑える。ほんと、いざって時は私が居なきゃね」
「…うん。ご心配かけました」
僕にはやっぱりトモちゃんが必要だ。看病して貰うとかそういう意味じゃなく。そばに居てくれるだけで良いのだ。そして念の為に胸を確認する。
「ふー、良かった…」
寝ぼけていたからかも知れない。何の気なしに堂々と彼女の胸をジーッと見てしまった。案の定、悟られる。
「何が…って、あ!」
姫はその成長する胸を腕で覆い隠した。そして怒ったように上目遣いになる。けれどすぐに吹き出して笑った。
「っぷ、あははは。あー可笑し。本当、男の子ってのは…。じゃあ私行くね。お大事に…」
何だか。僕の方が子供のような扱いだ。けれど何故か引かれずに済む。また、眠くなって来た。次に目が覚めたら僕が姫のところに会いに行こう。そう思うのであった。




