第25話 田植え
季節は梅雨入り前。田植えの時期だ。カラカラに乾き、草がボーボーだった田んぼは、しばらくの放置期間を経て数回耕された。そしてフカフカになる。仕上げに水路から水を引いたら足が浸かるぐらいにまでヒタヒタになった。
農園から買ってきた米の苗をコンバインにセットする。父さんが操縦して数十分のうちに植え付けが完了した。それでもやり残したがでる。
「おーい、後は任せたぞ」
水平直角。機械が問題なく通れる動線には効率良く植えられる。しかし際どい端のカーブは流石に植えられない。だから僕の出番が来た。働かざる者食うべからず。売る為ではなく。食べる為に育てる。
昔ながらの農家は一年で消費する米を自分達で栽培している。米農家をやっていた時期もあったとか。僕が生まれてくるずっと前の話だ。
小さい頃からこうして、よく手伝っている。平均年齢が高く、若い力に乏しいこの村は腰の弱い爺ちゃん婆ちゃんが多い。そんな人達の田んぼも手伝うことがある。そして今になって先生の言葉が過ぎった。「嫌な事も一生懸命で何になる」。物凄くモチベーションを下げる言葉だ。
好きで手伝ってるかと言うとそうでもない。田植えは大変な作業だ。腰が痛くなるしヘトヘトになる。それを一生続けるのか…。ふとため息が出た。
「ちょっと!手止まってるよ!」
「あ、ごめん」
姫は相変わらず手際がいい。同じ時間で僕より三割り増しに作業が進む。これが終わったら次の田んぼだ。彼女が一緒にやってくれるから助かる。もし一人だったらもう心が折れていた。
「ありがとね。トモちゃん」
「ん?…どういたしまして」
手の動くスピードが上がる。耳が赤い。照れている。承認欲求を満たしてしまったのか。変な知識を植え付けられたものだ。心から感謝をしても主観的に嫌らしさを感じてしまう。けれどこんな事を続けても姫の夢に直結するのか僕にはわからなかった。
「やったぁー!終わったよ!」
「うん」
姫の手伝いはこれで終わりだ。午後から父方の爺婆家に行くらしい。夏休みのイベント以来、ちょくちょくとそういう交流が増えた。そして浮かれて足が縺れた。振り返った拍子にバランスを崩す。
「キャー!!」
僕は慌てて手を伸ばす。助けようと腕を掴んだ。けれど足場が悪いのは同じ。その勢いのまま共倒れになってしまった。
「あははは。もうー最悪!」
言葉とは裏腹に彼女は笑った。全身泥だらけだ。汚れてもいい服を着てきたとはいえこれでは何もできない。布が体に張り付いてボディラインが明らかになる。僕は思わず目を逸らした。
「と、とりあえず帰ろっか」
「うん。シャワー浴びなきゃ」
サンダルを履いてペチャペチャと音を鳴らし、ここから一番近い僕の家に向かった。
「毎年こうなるね。笑える。ふふ」
こうなってしまったらヤケクソである。逆にテンションが上がるぐらいだ。毎年「今年こそは」と気を付けてみるが結局泥だらけになる。通りすがりの軽トラから「おつかれー!!」と近所におじさん。季節の風物に僕らはなろうとしていた。
家に着くと母さんは既にその準備が出来ている。玄関前で待ち構えていた。
「お帰り、疲れたでしょー?でもまずはコレね」
手に持つのはシャワーヘッド。けれどそれはガーデニング用の散水ノズルである。庭先で待っていると水道からホースを伸ばして僕らにかけ始めた。
「キャーハハハ!」
「冷たー!!ちょっやめて!」
母さんは容赦がない。
「綺麗になったらねぇ〜」
泥まみれからびしょびしょにクラスチェンジ。そしてエライこっちゃになる。母さんがタオルを取りに家の中に入る。待たされている間、僕は目のやり場に困った。去年までこんなに大きかっただろうか…。摩訶不思議である。
「寒いねぇ。早くあったかいお風呂に入りたーい!」
「そうだね。寒い」
ブルブルと震えるフリをして気を紛らわせる。姫の体の成長に僕が対応出来ていない。これは良いことなんだ。決してイヤらしい事じゃない。平常心を保て。素数を数えて落ち着くんだ。よし、2、3、5、7…。大丈夫。僕は紳士的なジェントルマンだ。
「母さん遅いね。玄関まで行こうよ」
彼女の手を掴んで先頭を切る。これで視界に入らない。いい作戦だ。
「まだ?!」
そう叫ぶと、すぐに返事が来る。
「あ!ごめん!今行く!!」
何かに気を取られていたらしい。きっとテレビを観ていたに違いない。そしてリビングからバスタオルを2枚持って僕らの前に来た。そのまま手渡される。
「ごめんねぇ。寒かった?」
豪快に拭き上げた後、姫は先にお風呂場に連れて行かれる。流石に一緒にお風呂はない。僕が寒そうにしていると一度止まって声をかけてきた。
「一緒に入る?」
「へ?良いの?」
「バカ。…冗談よ。なるべく早く出るね」
何だ。冗談か。トーンがマジだった。これが姫の駆け引きである。たまに冗談なのか本気なのかわからない。最近は、そうやって揶揄っている節がある。それも悪くない。そして案の定、僕はこの後風邪を引いてしまうのであった。




