第21話 先生
今日は新しい先生がくるらしい。村一番のゴシップとして話題になっていた。なんでも元大学教授だったり元会社の社長だったりと、いまいちピンとこない噂ばかりで奥様達を大いに楽しませていた。
けれど年齢は40代前半。見た目は若いと聞く。どんな人物なのか僕らには想像もできない。ただとても優秀な人であるという事は確かなのだそうだ。何故この村に来たのか。それが最大の謎である。
「はい、こちらが貴方達の新しい先生になります後鳥羽ダンスケ先生です」
「後鳥羽ダンスケです。よろしくお願いします…」
元担任のおばあちゃん先生はその男を紹介した。これからはこの人が僕らの担任である。一人で全科目を教えるという化け物のような人物だ。イントネーションから関西出身だとわかる。ほんの少しアンニョイな雰囲気を纏っていた。
あと数日でおばあちゃん先生とはお別れだ。村を出た娘夫婦の近くに引っ越すらしい。寂しくなる。けれどそればかりはどうにも出来ない。
ダンスケ先生は、人当たりが良い…ように見える。村の人たちに気さくに話しかけすぐに打ち解けた。時々関西弁なのが新鮮だ。そして僕らだけになると正体を現す。
「何かわからんとこあったら聞いてなぇ。すぐ教えるわー」
そう言って授業を始める。僕はずっとノートを書く為に授業があると思っていた。けれど先生に言わせればノートはメモだ。聞いて気になったワードだけを書き殴ればOKだと言う。「俺の話を良く聞け」それがダンスケ先生の教育方針だ。
そして一通り話すと受け身になる。何も聞かないと脱線が始まる。
「お前らなぁ、こんなええ事ないで。何でも聞かなアカン。せや、おもろい話ししたるわ」
恐らく。この脱線のために教師になったとさえ思える。それぐらい生き生きとしていた。
「学校でな、イッチバン教えなアカン事は何や、知ってるか?」
姫がすかさず手をあげる。
「道徳です!」
先生はニヤリとした。
「せや、その通りや。けどなもう一つあるんやわかるか?」
一番が二つあるのか。引っ掛けも良いとこだ。僕らは答える事が出来ない。わかっててそんな質問をしたのだろう。これが賢い大人のやり口らしい。
「それはなぁ。お金や」
最悪の答えだった。姫の見る目が変わる。まるでゲス野郎を目の当たりにしたかのようだ。これは不味い。フォローせねば。
「先生!お金も大事なのはわかりますが、もう少しわかりやすくお願いします!」
「おっ。なんやぁ。授業よりこっちの話のが興味あるんかぁ。ええ心掛けや」
先生のメンタルは鋼鉄で出来ているのだろうか。美少女から蔑みの眼差しを受けても動揺する素振りがない。それともとんでもない変態さんなのだろうか。疑わしきは罰せず。もう少し様子を見よう。
「昔、偉いオッチャンが居てな。渋沢栄一言うんや。論語と算盤。論語が道徳。算盤がビジネスや。つまり思いやりと金っちゅーこと」
何かそれっぽい話が始まった。姫の眼がキョトンとする。何とか場は和んだ。けれど油断禁物。これから3年間この教師と僕ら3人が素晴らしいチームであるかどうかで運命は決まる。彼女のためにも決して最悪なものにしてはならないのだ。
「渋沢栄一ですね。偉大な実業家と本で読みました」
「凄いな自分。教科書にはそうそう載ってへんはずやけどなぁ。よし見込みある。お前らがええ感じに成績維持したら続き聞かしたるわ」
最後まで言わへんのかい!そう心の中でツッコミを入れて普段通りの授業が再開される。それ以来、僕らが好成績を収めると授業内容が前倒しされ空いた合間に秘密の「お金の授業」が開催されるようになった。
何故か僕らはそれを親や他の大人達に言わなかった。まるで知ってはいけない世界の裏側を教えてもらっている気がしたからだ。しかしその説得力に魅了され無性に聞かずには居られなくなるのだった。帰り道。姫は愚痴を溢す。
「何よアレ。最悪。前の先生の方が良かった。お金が一番とか、無いよね」
「そ、そうだね。でも道徳も同列だよ。きっと為になるお話をしてくれるよ。それに凄い経験豊富な人らしいし…多分、大丈夫だよ」
断定できないのが辛い。勉強を教えるのは上手だし、僕らの理解度も上がってる。決して悪いことばかりじゃない。きっとそうだ。
「そうだけどぉ、あの人何かイヤ。ママに…言わないけど、次は絶対負けない!」
なるほど、自信満々に答えたのに被せて来たのが悔しかったと見える。負けず嫌いな性格の彼女らしい。関係修復は不可能では無くなった。ダンスケ先生が本当にまともな人ならきっと最高の三年間を全う出来る。僕の密かなミッションがスタートするにであった。




