第20話 思春期
この素晴らしい出会いに感謝する。こんな可愛い娘と二人だけの中学校生活を送れるなんて最高だ。そんな気持ちとは裏腹に言うことを聞かない奴がいる。ここ最近は特に顕著だ。正直助けてほしい。このままでは面と向かって彼女と話せない。
僕は目の前の美少女を観た。彼女は少し汗ばんでいる。上の階で一悶着したからだろう。それがかえって変な気持ちにさせた。コレはまずい!極め付けに僕の前に来て腰に手を当てポーズをする。パニックである。けれどそんな挙動は奇跡的に伝わらなかった。何故ならそのまま会話が始まったからだ。姫は堂々としたポージングで僕に聞く。
「どう?似合ってる?」
似合ってないわけがない。最高である。なんとかこの膨らみがバレないようにやり過ごす!逃げちゃダメだ!大丈夫、僕ならやれる!
「う、うん。もちろんだよ!すっごく似合ってる!!」
姫はそのリアクションがとてもお気に召したようだ。「まぁねぇ」と得意げになる。胸を逸らしドヤ顔である。しかし腰に手を当てたまま前屈みになって、顔を近づけてきた。不意を突かれてしまう。
「良いわねぇ。こんな可愛い娘と一緒に居られるんだから。感謝しなさい…」
そう耳元で呟く。機嫌が良くなって何よりだ。けれど今の僕にそんな事をしてはいけない。アレがすぐそこまで来ているのだ。気にならないわけがなかった。我慢する事が出来ない。つい、チラチラと胸に眼がいってしまう。
「え?」
不味い。バレた。彼女は緊急退避して途端に腕で胸部を隠す。やってしまった。顔が熱くなる。姫も耳を真っ赤にした。彼女の母親はそのやり取りを「ふふ」と面白そうに観ている。助け舟は無さそうだ。それでスッと我に帰る。危機感で奴は奇跡的に何とか治った。僕はこの事態を打破するべく立ち上がる。
「いや!あの…ごめん…なさい…」
かける言葉が見つからない。痛恨のミスだ。けれど「はぁ〜」とため息を漏らして何かを諦めた。そして苦笑いを浮かべた後「そっかぁ。男の子だもんねぇ。…早く行こ」とフォローを入れてくれた。少し情けない気持ちになる。
そしてもうランドセルの時代は終わった。新しい教科書を入れる紺色の鞄を手にする。それを持って出発した。朝食をとることが出来なかった彼女はバナナを一本持たされて登校する。それをモリモリ頬張っている。その間、会話をスルーする事が出来た。気不味い空気が場を支配する。けれどそれも長くは持たないのである。
「えっと…久しぶりの学校だね。何を教えてくれるのかな」
「…どうせアンタには簡単な問題ばっかりよ」
なんか冷たい…気がする。ご機嫌斜めなのだろうか。事が事なだけにデリケートな分野だ。コッソリと読んだことのある保健体育の本にその知識が載っている。けれどタブーを踏んでしまった時の詳しい対処法は記載されていなかった。いつも通りの僕で対応するしかない。一生懸命言葉を探す。
「…鞄。持とうか?重いでしょ?」
「いい、自分で持つ」
まだ筆記用具と教科書代しか入っていないのだから重いわけがない。それでもランドセルだった頃はすぐに持たせて来た。それなのに「自分で持つ」とは如何に。嫌われた。触って欲しくないと言うことか。胸がズキズキと痛む。誰か助けてほしい。僕と姫の関係がこの一瞬で崩れてしまう。焦ってはダメだ。ゆっくりと状況を整理してから言葉を選ぼう。
…そうだ。姫は「ご成長なされた」のだ。自分自身で鞄を持つ事で自立しようとしているのかも知れない。それなら素直に嬉しい。そう言うことにしよう。
「そっか、偉いねトモちゃん」
「ふふ、何よその言い方。私はいつも偉いの。まさかアンタそんなに持ちたかったの?仕方ないわねぇ」
おや?結局差し出して来た。何だかほっとする。そして彼女と目があった。数秒の間、視線を外す事ができない。僕らは何かを受信し合っていた。ドキドキする。好きだ。そんな気持が込み上がる。それが伝わったのかはわからない。姫の瞳は好意的に感じる。そして僕はその鞄を受け取って気持ちを伝える。
「軽い…けど重いかも」
「何それ。笑える。ふふ」
調子が戻って来たみたいだ。けれど小学校時代とはまた違う。一歩階段を上がったような立ち位置で僕らは時間を共に過ごすのだろう。それはなんだか大人の世界に足を踏み入れたかのような不思議な感覚がした。もう子供じゃない何かが心の中で芽生えている。それが少しずつ大きくなる感覚。コレが思春期なのかも知れない。
今を大事にしたい。僕らはまた最高の三年間を過ごす。今までとは一味違う少し成長した僕らの三年間だ。




