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第18話 過去を追いかけて


 東京駅は誘惑に溢れている。高層ビル群と地下で連携し巨大な商業施設を展開している。デパ地下でショッピングを楽しむのに時間は幾らあっても足らない。驚くほど広く、数々の名産品に話題のスイーツ。東京のはずが北海道が大陸ごと出張に来るほどだ。昨日「いっぱい買って驚かせよう」と言ったセリフを撤回するか迷った。けれど母さんの喜ぶ顔を見るとこの困惑を少し許せた。


 お金はやはり自分のために使った時よりも誰かのために使った方がいい。とても幸福な気持ちになる。特に大切な人が喜んでくれると尚更だ。


 「あのぉ…これも欲しい…」


 もう何個目だろうか。顔の半分をその商品で隠し、チラッとこちらを見る。おねだり上手だ。控えめに見せて断られるとは微塵も思っていない。


 「良いよ。でもそろそろ電車が来るからこれで最後ね」


 「は〜い」


 さすがにこの量を手で持って帰るには体が怠い。僕は駅にある宅配サービスを利用して実家まで郵送してくれるように手配した。


 「凄いわねぇ。こんなことも出来ちゃうのね」


 凄くはない。凄いのは母さんだ。お土産を地元へ大量に持って帰る文化が日本には根付いている。特に村の人全員に配ると豪語した母さんが見繕った品数は常軌を逸していた。宅配業者も呆気に取られる。


 こんな事のためにお金をたくさん稼いだつもりはないが、自分が幸せに暮らせる分の余裕さえ残れば、あとの余剰分は人の為に使いたい。日頃からそう思っている。そうでなくても余剰分はまた投資に回りお金は増え続ける。時間の許す限り際限がない。


 駅には様々な格好の人がいるが新幹線となればその様相はさらにランクアップする。まず学生が減る。代わりに出張に向かうビジネスマンが七割を占め、残りは遠出をする旅行者や僕らのような帰省する人が利用する。


 見窄らしい格好の人は殆ど見かけない。ラフな人でもそれなりに良い服を着ている。特にオシャレをして綺麗になったお姉さんがよく目につく。この日のために張り切っちゃうのは皆、同じらしい。母さんはその部類だろう。


 僕は彼女らをやらしい目線で観てはいなかった。都会は綺麗な人が自然と集まる。そして慣れる。最初の衝撃を今でも覚えている。何故ならトモちゃんぐらい綺麗な子がいっぱい歩いているのだ。それが何人も何人も僕の横をすれ違う。それがとてもショックだった。


 僕が世界一綺麗だと思っていた彼女はありふれた存在だったのだ。それでもトモちゃんは綺麗な女の子だ。バラの姫に相応しい女性だ。けれど都会にはそんな人がいっぱい居た。


 そして行き交う女性一人一人に思う。何も感じないと。このホームにいるすべての美女を合わせてもトモちゃんには敵わない。あの頃が蘇る。


〜12年前〜


 小学生最後の日。僕と姫は背筋をピーんと晴らし気をつけの姿勢で担任の言葉を聴く。


 卒業証書を掲げて読み上げるその声は涙で震えていた。教卓にポタポタと溢れる。以下同文はない。児童二人に思い思いの言葉を授ける。出会った幼い日から今日に至るまで僕らは身長だけでなく人としても素晴らしく成長した。


 「おべてとう!あぎがとうね!」


 泣いては上手く声にならない。それでも気持ちはシッカリと届いた。先生はずっとこの村の子供たちを見送ってきた。当時で、もう60歳を迎えていたはず。けれど代わりの人はいないのだ。そんな先生は素晴らしい人だった。僕らのためにただ一人、その使命を全うした偉大な大人だった。


 人生の限られた時間を何のために使うか。それを選択し後悔しないことを強く学んだ。僕と姫は一緒に涙を流す。ポロポロと頬を伝う雫が綺麗に輝く。彼女の人生は美しい。一緒に過ごした時間が共に輝いている。それがどんな美人にもない。僕は知らない。僕はトモちゃんだけを知っている。だから神崎トモナはこの世界のすべての美女を合わせたよりも大事な人だ。


 それは現在に至っても変わらなかった。けれど人は間違いを起こす。一度失わないと気が付かない事が多すぎるのだ。手をすり抜けて溢れ落ちたチャンスは掬い上げる事が出来ない。時間という波にさらわれて遥か彼方へと去って行く。僕は未来へ。トモちゃんとの思い出は過去へ。


 一生に一度の出会いを取りこぼしてはいけない。もし、もしもだ。もう一度チャンスが訪れたなら今度こそ大切にすると決意するだろう。そんな事は稀だ。


 僕はそれを手に入れるために故郷に帰ろうとしているのだろうか。彼女にもう一度会ってどうするつもりなのか。到着した新幹線から圧力が抜ける音がして、扉が開いた。僕と母さんはそれに乗り込む。いよいよここまで来た。本当に合う事が出来るかは神のみぞ知る。


 その願いをのせて新幹線はそのスピードで僕が取りこぼした過去を追いかけるのであった。


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