第17話 賃貸経営
お出かけは楽しいものだ。家に引き篭もるのは身体にも心にも悪い。だから僕はマンションの近くの公園などを散歩する。決まった時間に朝早くに出かけご近所さんに挨拶をする。
そしてこのマンションで僕の顔を知らない人は居ない。何故ならこの建物は僕の自宅兼経営する賃貸だ。大家さんという言い方をする人もいればオーナー様と呼ぶ人もいる。とにかくすれ違えば皆挨拶をしてくれるのだ。
そんな時に偉そうな態度をしないように心がけている。だから先に見掛ければ率先して「おはようございます!」や「こんにちは!」と元気に声をかけ。疲れて帰ってきたなら「お疲れ様です!」や「お帰りなさい!」と言う。
だからじゃないが入居してくれている方々とは良好な関係を築けていると思う。世間話をすることもある。良好なコミニュケーションは全体の治安に関わると僕は思っている。しかし今日だけは気まずさで挨拶がぎこちなくなった。
「 母さん。そんなに張り切らなくて良いのに」
「何言ってんのよ。アンタ背高いし、カッチリ決めてるのに私が見窄らしかったら恥ずかしいじゃない!」
母さんは今朝からバッチリメイクで仕上げてきている。ミーハーだったお陰か、スマホを買ってあげるとすぐに使いこなし、動画サイトでインフルエンサーのメイク術を習うのが趣味になった。
若い頃は子育てや農業で忙しくそんな事をする暇が無かったと、本人談。けれど子育ての手が離れ、僕の影響で家事を楽にする凡ゆる家電を買ってあげ、生活スタイルの相談を受けるようになってから時間の余裕とアグレッシブさを爆発させた。
現在の母さんは人生で一番楽しいという。父さんともよく旅行に行くという。一人旅をするだけのフットワークの軽さも持ち合わせた。もはや僕と同じように早期リタイア後の余生を満喫している状態に近い。
だからもう40歳を超えているはずが、メイクをするとだいぶ若く見える。30代半ばだろうか。僕の主観でしかないが親子には見えていない。そんな可能性がある。何故なら並んでエントランスを歩いていると噂話をされる。そしてそれを証明する決定的な場面に出くわす。
「おっ。これはオーナー様。えっと…そちらは奥様でしたっけ?」
マンションの管理人と偶然鉢合わせた。母さんは万遍の笑みだ。何故かしばらくの間を開ける。変な空気だ。僕が誤解を解くために口を開こうとする。けれど先に切り出したのは母さんだ。
「ムフフ。違いますのよ。申し遅れました。この子の母で御座います」
丁寧に深々とお辞儀をするとまるでセレブの奥様のような所作だ。何処でそれを学んだのだろうか。この時のために練習したとしか思えない。
「これはこれはお若いお母様で。私はオーナー様よりここの管理を任されております近藤と申します。私が言うにも何ですが大変良いお息子さんで、羨ましい限りです」
近藤さんは60代でもう定年を迎えていて奥さんと僕ぐらいの息子と娘がいるそうだ。気さくで人当たりの良い人材を管理会社に依頼したところ彼を紹介された。話すとすぐに契約を結んだ。それだけ雑談力の高く、トラブルを未然に防ぐ中和能力に優れた人だった。
「まぁ。嬉しいですわぁ。私も鼻が高いです」
「それはよかったです。私の息子も…おっとイケナイ。人を待たせていました。それでは私はこれで…失礼しますね」
深くお辞儀をし、近藤さんは向こうのほうで待つメンテナンス会社の作業員の元へ行く。働き者である。大変有難い人だ。
「さぁ行きますわよ!」
母さんは僕の腕に手を回し、エスコートをせがんだ。僕は苦笑いを浮かべて「では、こちらへどうぞ」そう言ってマンションのエントランスを出た。
駅に向かうには歩きでは少し長い。無理な距離ではない。けれどキャリーケースを運ぶとなるとモチベーションが下がる距離だ。だからタクシーを呼んである。
マイカーは持たない主義だ。固定費がバカ高いし、税金も多く取られる。趣味で持つには贅沢な代物だ。そして都会には便利なサービスがある。始まった当初は感動した。それはカーシェアリング。レンタカーと違って何日も乗らない人用のサービスだ。車を新車で買うと思えばコストも何もかもが割安だ。おすすめである。
けれど今回は何日も帰ってこないため駅までタクシーに乗ることにする。それこそ贅沢だと思っただろう?けれど計算してみてほしい。たまにしか乗らない新車の値段とタクシー料金。さぁ、どちらが高かったかな。後者の方が安かった方はこのスタイルをお薦めする。
そしてタイムリーに到着したタクシーに僕と母さんは乗り込み駅へと向かうにであった。




