第16話 祝杯
祝杯が上がった。グラウンドはもう宴会場と化している。「一杯だけだからね!」。奥様達の声が響く。「ケチクセェこと言うなよぉ」。旦那達はボヤく。そして手渡された黄金の缶ビールはキンキンに冷えていた。最高の気分だ。それを疲労した身体にゴクリゴクリと染み渡らせる。生きている。男達は感動を最高に噛み締めた。
「っくぅ〜!!!美味い!!」
一堂が集まるこの即席の宴会場は今朝早くに男達が築いた本陣だ。日除けのタープとキャンプ用のテーブルがズラリと並べられている。その様はもはや見知った光景だ。バーベキューでも始まりそうな予感である。しかしそこは大人のブレーキがかかった。こんな時にまで趣味を持ち込むものではない。何故なら奥様達は大人数のためにお弁当を昨晩から仕込んでくれている。それはこの季節ならではのメニューとなっていた。
新米を炊き上げた艶々のオニギリ。サツマイモ、ニンジン、里芋。秋に採れる野菜をふんだんに使った煮物や天ぷら。カボチャは夏野菜だが秋まで保管され一層甘くなる。そんな収穫祭を兼ねたようなイベントがこの村の運動会だ。
たらふく食べてお腹を満たす。大人達は子供二人を囲み「次は中学生だな!」とか「校舎は変わらねぇけどな!」とか彼らなりに話題の中心にしてくれた。
久しぶりにあった近所のお兄ちゃんと話し込んでいると姫は暇をする。何回か会っているはずだが人見知りが治らない。小学生にとって高校生は恐ろしい存在だ。僕は赤ん坊の時から遊んでもらっている仲だからそれがわからない。話を終えると、心配して彼女に声をかけた
「どうしたの?」
「別に…」
姫は体育座りで膝に顔を埋めて構ってくれアピールをしている。僕はそんな素直じゃないところも大好きだ。その横に座る。横顔を眺めていると耳がだんだんと赤くなる
「次もがんばろうね」
「うん」
種目が一通り執り行われ、残すは最後のトリ。過疎化が進む小学校で組体操は毎年見られるものではない。酔いの回った親父らは嬉しくて応援という名のヤジを飛ばす。口が悪い。
そして音楽と共にそれは始まった。運動場のど真ん中に僕らは立ち、お辞儀をする。開始から一人技を披露。徐々に二人技に移行し、僕が四つん這いになり土台となった。姫がその上に立つ。直立になる。
次に中腰になった僕の背中から太ももを足場にして首に跨り肩車。両腕を横にピンと張らしポーズをキメる。最後はその状態から中腰に戻り姫がゆっくりと前へ移動する。僕は彼女が滑り落ちないように脚を手で支える。サボテンのポーズ。そして着地。プログラムは無事に成功した。正直地味である。
しかし皆は立ち上がり大きな拍手が巻き起こった。この村の人々にとっては特別な瞬間なのだ。皆、様々な想いで二人の練習成果を観る。中には泣いている人もいる。恐らくこれが村最後の組体操になるだろう。もう子供を思った家庭が引っ越してくる事はない。感傷に浸り、まだ豊かだった頃と現在を重ね運動会は幕を閉じた。
そして時は流れ現在、25歳になった僕はムキムキマッチョ……にはならなかった。けれど健康的な体を維持し続けている。
「母さん…そろそろ出たいんだけど、いい?」
「別に良いわよ〜」
母さんは呑気に洗面所を借りてお化粧を始めた。そういう意味じゃない。僕が言った「いい?」は「そこに居たら出れないよ」の意味だ。そうこうしていると。
「あら気が付かなくてごめんねぇ。はいど〜ぞ」
浴室の3枚引き戸を無造作に開けてバスタオルを手渡してきた。
「あ、ありがとう…」
「どういたしまして」
そう言って鼻歌を唄いながら去っていく。シッカリと観られた。仕方ない。母親を責め立てるような事はしない。忘れよう。そう思いながら、ふと脱ぎ捨てた服を探した。
洗濯乾燥機が動いている。その上に新しい着替えが丁寧に畳まれて置かれている。完全に嫁の仕業である。通い妻ごっこかマザコンに再教育するつもりか。その行動原理は読めない。けれど母さんはずっと機嫌がいい。そっとしておこうと思った。
洗面所からでた僕はカッチリとジャケットを羽織り、髪型は軽めの爽やかな七三。このスタイルが最も好印象を与えると学んだ。外に出る時はいつもこのコーデだ。オシャレはもうしないのかって?しますとも。ただ多くを持たないだけだ。必要になったら買い戻す。そんな感覚だ。
「あらま。良い〜男じゃない。若い頃のお父さんソックリよ」
「そう?」
何となくそう言われる気がしたが初耳のように言ってみる。
「あの子が今のアンタを見たらまた仲良くなっちゃうんじゃな〜い?」
どうしても仲を取り持ちたいらしい。僕は今から何処へ行こうとしているのか。段々とお見合いに連れていかれるような気分になるのであった。




