表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/48

第15話 ゴールテープ


 堅実で保守的な性格は判断を遅らせてしまうのかも知れない。けれど調べ上げてから納得する形で物事を始めるのは良いことだ。人の行動原理にはそれを裏付けるメリットが必ず存在する。


 僕は先人の知恵を借りる事でいい結果をもたらして来た。そう自負している。今日から筋トレに精を出す。そう決心した次の瞬間には学校の図書館に来ていた。筋トレにフォーカスした画期的な著書はない。代わりに基礎体力や健康についての本はある。関係のありそうな内容を読み漁り、興味を持ったところだけを読んだ。


 摘み喰いをして食べ散らかしたような読書法ではあるが、これが一番効率がいい事を知っている。興味が出ない知識は記憶に残らないし、再現性も悪い。理解でき、実践出来そうな事から始めるのだ。


 可笑しな行動を突然始めても家族から苦情はない。一線を越えない限り父さんは全てを許す。僕はその信頼を裏切らないように毎日一生懸命生きる。それだけだ。


 「どうしたの急にそんなこと初めてぇ。背が伸びなくなるわよ〜」


 体を鍛えると宣言し、朝早起きしてランニング。学校から帰ってきて筋トレ。そんな生活に励むようになって一週間。日々のルーティンに大幅な変更がなされた事に母さんは心配した。


 若いうちから体を鍛えすぎると「背が伸びなくなる」という一文は確かにあった。けれど具体的な根拠をその著書から得ることは出来ず、求める結果と対立する。とても感情的な教育論が展開されていた為、納得出来ず参考にしなかった。


 今なら迷信だと断言できるが当時の環境では得られる情報に限りがあった。けれどその選択は僕の決意をより特別なものにした。


 「やっぱりそうなのか…。でもいい。母さんありがとう。僕はもう決めたから。トモちゃんは僕が支える!」


 「まぁ…」


 母はいつものように「ムフフ」とニコニコし始めた。何がそんなに楽しいのか。後に知る事になる。若かった。真っ直ぐで純粋さの塊のような少年は父さんの若い頃にソックリだと語る。ただ堅実なだけではなく将来の夢の為に挑戦的なその姿勢も。


 どんな選択にもリスクがある。少しぐらい背が伸びなくても構いやしない。一生で一度のこのイベントで「彼女を持ち上げられなかった」その後悔がどれほど辛いトラウマになるか想像するだけでゾッとした。組体操の練習が本格的に始まる前に少しでも筋力をつける。それが小学生最後のミッションだった。そしてその日を迎える。


 「本当に大丈夫なの?落としたら怒るからね!」


 「大丈夫!」


 僕は鍛え上げた筋力と運動力学から得た知識で見事な立ち上がりっぷりを見せた。そして無事、姫を持ち上げることに成功した。


 「すご〜い!」


 表情は見えないが大変喜んでくれている。心の底からホッとした。僕も嬉しくなる。タガの外れたダメ犬のように走り回りたい衝動に駆られた。それが理性によって少しは抑え込まれたものの、脳筋の統治下に収まった足腰は身勝手に動き始めた。


 「やったー!」


 「きゃー!!ダメって!怖いー!やめてぇ!!」


 人一人担いで走るのは見ての通りキツい。明日は筋肉痛確定だ。けれど何故か嬉しい自分がいた。完全に主導権を取り、笑いながら走る様は狂気だったと思う。お茶目が過ぎた。その後、姫からこっ酷く叱られた僕は忠犬の志を思い出し、真面目に練習に励んだ。


 そしていよいよ運動会の日。村中の大人が一堂に会した。僕ら子供の晴れ舞台を見る為ではない。彼らこそが村一番を競うトップアスリート集団である。皆本気の炎を燃やす。地元を離れた元村人や全寮制の高等学校に入学した近所のお兄ちゃんも戻って来ていた。


 普通の小学校では味わえない血も涙もない闘いが繰り広げられる。


 「いけトモナ!!今年もブチ切れぇ!!」


 紅組と白組に分かれ男たちが全力でバトンを繋ぐ。そこに笑顔の絶えない穏やかな農民たちの姿はない。大自然の底にメラメラと溜まったマグマを吹き出さんばかりに汗を飛ばす。ただ勝利を夢見る。疾走する老いた脚は明日、ピクリとも動かなくなるだろう。だがそんな事は関係ない。


 勝者は栄光という名の黄金をその手に掴み人生最高の一杯で喉を潤すのだ。しかし今年も想いは拮抗しとても良い勝負だ。そして勝敗を決めるアンカーは僕と姫。赤いバトンを寸分の狂いなく掴み取った彼女は男たちの情熱を背負い連覇を狙う。


 速い。去年までならこの僅差は埋まることなく、そのままゴールへと運んだ。しかし今年は一味違う。少し遅れてバトンを握った僕は去年までの僕ではない。


 「いけ!!頑張れ!!今年こそ頼んだぞ!!!」


 父さんの渾身の声援が轟く。「任せて!」そう心で呟いた僕は、徐々にその差を埋めて遂に横に並んだ。一瞬、姫と目が合う。驚いている。楽しい。そして僕らは、ほぼ同時にゴールテープをその胸に受けて決着するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ