第12話 父の本音
農家に休みはない。長期の旅行を経験した事のなかった僕らはこの夏休みを一生忘れられない最高の思い出に仕上げることに成功した。
両親が送り迎えをしてくれたのは勿論、道の駅で働く店長に父さんは連絡を入れてくれていたり、トモちゃんの両親がその兄夫婦に根回しをしてくれていたりと大人のサポートが万全だった。それが一番の成功理由だと思う。とにかく感謝しても仕切れない気分だった。
「そう言えばアンタ達二人で電車に乗った事あったわよねぇ」
奇遇にも母さんはその頃を思い出していた。田舎から出るとインパクトの強い記憶が思い起こされる。
「今だから言うけど、あの時お父さんちょっと泣いてたのよ。これナイショだからね…」
母さんは口に人差し指を当てて「シー」とジェスチャーする。父さんは控えめに言ってプライドが高い。一度決めたことは曲げないし、筋の通らない事は嫌う性分だ。子供に父親の泣くところは見せないと決めていたのだろう。
「アンタは本当に凄いわ。お母さんも泣いちゃう」
情緒不安定すぎる。思い出し泣きだ。母さんは涙脆い。テレビの初めてのお使いで泣き、猿の子育てドキュメンタリーで泣き、母ダコが卵を守り続けるシーンでも泣いた。とにかく親と子供の愛情物語にはめっぽう弱いのだ。
帰りの駅に迎えにきてくれた時も電車から降りてくるや否や既に号泣していた。トモちゃんも釣られて泣いて、彼女の母親も泣いていた。その時、父さん達が来なかったのは恐らく自分も泣いてしまうと思ったからだろう。涙は見せない。昔の男とはそういう生き物だ。
「それが今はこんな立派なとこに住んで…」
僕も少し泣きそうになる。貰い泣きだ。母さんと似たところがあるのかもしれない。けれどグッと堪えた。そこは父さん譲りだ。
あの頃の思い出が蘇る。家に帰ると僕とトモちゃんを盛大なお祝いが待っていたのであった。
〜13年前〜
「カンパーイ!」とグラスを打ち付ける音で祝杯が行なわれた。家で待っていた親父二人は既に出来上がり面倒臭い人になっていた。
「お前は最高の息子だぁ。俺の誇りだ!本当だぞぉ?」
はいはい。それはシラフの時に言ってくれと思う。
「愛してるぞトモち〜ゃん!パパがぎゅーしてあげる!」
「ちょっ!キモ!やめてよ!」
姫の柔肌にジョリジョリと親父の薄く生えた髭が擦り付けられた。一番痛い時期である。僕はあまり濃くないが父さんはほっとくとサンタさんに成りかねないぐらい生える。剃ってから12時間後の夜が一番痛い。同情する。
「コラ!もう!二人は頑張って帰って来たんだからそんな事しない!ほら!こっち!」
酔っ払い二人を席に着かせた。長いテーブルには僕らの大好物ばかりが置かれていた。唐揚げに大きなエビフライ。とろとろの焼き茄子にシャキシャキの夏野菜サラダ。そして、てんこ盛りのプチトマト。他にも沢山料理が並べられていて最高のおもてなしが待っていた。
「凄いすご〜い!何から食べよかなぁ〜」
姫はウキウキだった。自分のお皿に好きなものをよそい、お子様プレート状態だ。僕は終始プチトマトを口に運ぶ。満足したらエビフライを頂くつもりだ。
「アンタほんとプチトマト好きねぇ」
そう言いながら彼女も絶え間なくそれを口に運ぶ。他の子供は知らないが僕らは唐揚げを取り合わない。代わりにどちらが多くのプチトマトを平らげるかが勝負になっていた。
「あら、もう無いじゃない。今日は他にもいっぱい用意したんだから、トマトだけでお腹いっぱいにしないで」
母さん達の切実な願いだ。誰かが僕らを止めなければプチトマトは乱獲され、絶滅していただろう。母の一言は世界から多様性を救った。
「そんでぇ〜?。向こうの爺さん婆さんは元気だったかぁ?」
婆ちゃんがそう聞いて来た。
「凄く元気だっだよ。畑が趣味って言ってた」
皮肉なものである。生粋の農民は引退しても畑いじりを止める事はないらしい。
「ははは。それは良かった。わしらも腰が悪くなってからは出来んくなったでねぇ」
そう言いながらも去年までは一緒に山へタケノコ掘りをした。流石にスコップで掘り起こすのは若い人の仕事だが、釜で茹で上げるのは婆ちゃんの仕事だ。
採ってすぐに茹でたタケノコはアクがなくて美味しい。親戚中に配るものだから掘る量も半端ない。もはや慈善事業だ。問屋に持っていけばいいお金になったはずだ。けれど僕らの家は代々そうやって無償でタケノコの配る習慣があった。
「お前達もいつかはここを継ぐでの。向こうさんもよく勉強するだなぁ」
爺ちゃんは得意げにそう言った。僕と姫は「うん…」と答える。今回の作戦は大成功に収まり、大分自信もついた。それは農家を継ぐためじゃない。だから期待されれば少し胸がズキッとした。そんなタイミングで父さんは立ち上がった。
「好きに生きろぉ〜!まぁ!なんだぁ!お前は俺よりすげぇ男になるからよぉ〜。継がんでえぇ!好きに生きろ…」
父さんは酔っ払ったままそう言ってきた。けれどその目は真剣だった事を今でも覚えている。




