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97 エミリー先生の本音

 赤い光。

 それはエミリー先生の義眼から放たれるものだ。円形に座るボク等を捉え、彼女自身は軽い足取りで一歩進む。

 そのままフワリとした様子で、ボクの正面に座る。

 座り方は両膝を横にしているもの。お姉さん座りというやつだ。


 彼女はセリンからお椀を貰うと上品に一口飲んで、表情筋を綻ばせる。


「何から何まで悪いね。これも据え膳上げ膳ってやつかねえ」


 エミリー先生は軽く言うが、横に座るジャムシドは眼を見開く。

 彼は椀に口を付けられずにいた。


「いやいや、明らかに尋問だとしか思えねえよ。お前の肝が図太過ぎなんだっての」

「ん~。尋問、尋問かぁ。そうなの?」


 言われて口を半開き。

 細い指の手入れされた爪が、自身の厚めの下唇を突いて少し困ったような顔をする。

 ズイと上半身をボクに近付けた。


「ん。まあね」


 こういう物は言葉を綺麗に見せようとするほど汚く見えるものだ。

 だからボクは肯定する。しかし、エミリー先生は特に不快感を示さなかった。

 寧ろ楽しそうなその感情の動きは、遊んでいるようにしか見えない。


 どこから話を切り出したものかと考えていると意外なところから声が出る。

 ジャムシドだった。


「じゃあ俺から。単刀直入に聞くぞ?俺達の中でも意見が疎らなんだが『やっぱ俺達を未だ恨んでいて、親の仇討ちを考えている』なんて事はねえんだな?」

「ん。無いよ。それは約束する。でもさ~……」


 あっけからんと口にしたのは、ルパ族全てに対する答え。

 しかし無邪気に笑いながら、ジャムシドの厳つい頬を指で突く。

 普通、こんな人相の人間を揶揄うような真似をしたら反撃を先ず恐れるというのに、まるで心配する様子はない。


「こうして口で『私、気にしてない』って言うのは簡単なんだけどさ、それじゃ『本音ではない』って言って納得しない人、いっぱい居るんでしょ?」

「うっ。ま、まあな」

「……まあ、ショウガナイんだけどさ。集団の長ってそんなもんだしね」


 彼は耳で囁くような問いかけに返すことが出来ないでいた。

 深い掟の世界で生きていると、そういった確執は一括りで終わらせることを誰よりも良く知っているのだろう。

 それでも聞いてしまうのは、今くらいしか聞く機会がないからなんだろうなあ。


 エミリー先生は少し困ったような、それでいて諦めたような。そんな目の形でボクに再び向き直る。

 膝に座るシャルはパニックに近い困り方をして「どうしよう」の念を隠さずにボクを見る。

 ん。まあ大丈夫さ。やれるだけやってみるよ。


 切り口を変えてみようか。


「エミリー先生って自分を『汚れている』って思ってウチに帰って来なかったんですよね」

「ああ、ヴァンさんから聞いたんだね。

そうだよ。気持ちの整理を付けるのに七年かかっちゃってね」

「でもそれって、本音じゃないでしょう?」

「……っ!」


 ボクは軽く返す。

 瞬時にエミリー先生は己の失態を思い出し、ジト目でボクを見た。

 されども濁りはない。

 長い睫毛の掛かった艶やかな垂れ目の奥から、暗紫色の瞳がジッとボクを見る。

 そんな生身の目を、ボクは真っすぐに見返す。


「アダマス君、何時もの調子で何となく答えちゃったけど、こういう気持ちの駆け引きに『読心術』はズルいなあ」

「すみません。ズルをしてでも、譲れないものがあるのです」

「ほう、そうかね。譲れないかな、譲れないなら仕方ないね。それで、どうして譲れないのかな?」


 言葉遊びを楽しむ子供を思い浮かべるにこやかな様は、同世代を相手にしているようだった。

 真剣にならなければいけないのに、にやけてしまいそうな不思議な空間である。

 何を譲れないかを敢えて聞かないかが彼女らしかった。


「エミリー先生が大切だからです。エミリー先生に汚いところなんて無いのですから」

「ふふっ……そうか。ありがと」


 軽いけど深い笑み。

 彼女はボクの気持ちを喉の向こう側まで呑み込んでくれたのだろう信頼があった。

 頷くと咀嚼して今度こそ、本音が返ってくる。


「実はね、私は自分がよく分らないんだ」

「ふむ?」


 彼女は椀を揺らして手遊び。


「私が君の家に帰って来たのって、全てがどうでもよくなっちゃったからなんだ。

はじめは何か自身に対する嫌悪感とか必死に考えながら勉強してた筈なんだけどね、年数が増すごとに、怒りも苦しみも憎しみも『どうでもよくなってくる』んだ」


 下を向いてポツポツと本音が明かされていく。

 椀には揺らめく彼女の顔が写っていた。


「あれだけの事があったのにおかしいよね。

それともこれが、感情は一時的でしかないという人間の本質なのかな」


 静かに胸元に左手を当てる。


「そうして、私に残されたのは心にポッカリと空いた穴だったんだ。『もう、なんだっていいや』。そんな想いが浮かんだ時にね、ふと、この指輪を見て君ん家の事を思い出したのさ」


 手は胸元から天井へ。

 その薬指に嵌められた指輪が日の光に反射する。

 彼女は改めてボクを見た。


「そんな、自分でも答えの解らない中途半端な私が、汚れていないだなんてどうして言い切れるだろう。

今でもまだまだ君に隠している事はあるというのに」


 悲痛な感情が読み取れた。寧ろ『駄々』をよく分るようにと、彼女はそれを強調しているようでもあった。

 それに対してボクは反応する為に、口を動かす。

読んで頂きありがとう御座います。


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