92 金色の馬
金色の馬が草原を駆けていた。
実際には艶やかな金属光沢を持つ亜麻色だ。
その毛並みが陽に照らされると同時、薄の穂の様にしなやかな筋肉と合わさる事で、絹を思わせる美しさを放っているのである。
草原に解き放たれた馬は、その四本の健脚で風の中を走ると、鬣と尻尾を靡かせる。
背中に乗っているのは深い紅色に金縁といった、絨毯のような模様をした鞍。
ボクはそこに腰を下ろして、鐙を踏んで手綱を取っていた。
乗馬のコツは横から見て頭、肩、お尻、踵が一直線上にあり前後のバランスも整っている事。
そして、馬の動きに合わせて身体を動かす事だ。
そうしないと下半身の骨を痛めてしまうからね。
さてはて、これがボク一人ならまだしも『二人』になると相乗り相手の呼吸と馬の動きを読み取って痛くしない技術が必要になってくる。
しかしボクん家の修行場は貴族学校の真似事なので、乗馬は必修科目。ボク自身としても結構好きな授業だったので、結構手綱捌きには自信があった。
「おっ!おっ!にょにょにょにょにょ~!」
と、いうわけでボクの前に座るシャルが、頑張って鞍前部の取手を両手で掴み、振り落とされまいとツインテールを揺らしていた。
はじめは「妾が横向きに座って後ろのお兄様に腰を支えられた状態で走って欲しいのじゃ。ロマンチックなのじゃ」と言われたが、流石にそれは無謀な試みだと分ってくれたようで何より。
ただ、はじめは半泣きで叫んでいたシャルだが、少し慣れると純粋に乗馬を楽しむ余裕が出来て感動を口にする。
「凄いのじゃ!速いのじゃ!」
「まあ、ヴァン氏のお気に入りだけあってかなりの名馬だからねえ」
ルパ族は騎馬民族だ。
故に馬へのこだわりは強く、普段は節約していても馬にだけは眼の色を変える。
この馬だってボクがある程度の馬術を収めた身内の上級貴族でなければ触らそうともしなかっただろう。
この辺では機関車が開通出来たお陰で安い馬なら二束三文で買えるものだが、敢えて昔の値段で買うのが彼らなのである。
そんな中、横から声を掛けられる。
「元気なのは良いけど、はしゃぎ過ぎて振り落とされんなよ~」
「はーい、なのじゃ」
アセナだ。乗ってる白馬は先程、ボクが馬小屋で眺めていたもの。
流石に現・族長だけあってその手綱捌きはボクとは比べ物にならず、性能で劣る筈の馬で此方にぴったりと合わせてきている。
しかし意外だな。
少し速度を落としてボーっと考えて彼女を見ていると言葉を投げかけて来た。
「んあ、どうしたアダマス。気になる事でもあった?」
「ああ。アセナなら自転車使うかな~って思ったから。別に馬と並走するくらい苦でもないだろうに」
言うと今更思い出したかのように頷く。口は大きく開かれていた。虫歯は無い。
彼女は手の平でペチペチと馬体を叩く。
「んっ、まあな。ウルゾンJに積み込まれていたし、自転車でも良いかなとは思った。
ただ、折角こいつ等に会えるんだからやっぱ乗っておきたいなっていうのがあるな。
アタシにとっても馬は家族みたいなものだし……それに」
「それに?」
アセナはニカリと子供のような笑顔を向ける。
「やっぱ、遠乗りデートは馬だよなってさ。あっはっは」
言葉と同時、一瞬心臓を打たれた気がした。
アセナは油断していると無自覚にこういう事を言ってくるのがズルいと思う。
取り敢えずは衝動を酸素と一緒に肺に納め、前に進むことにした。
この行く先に『分かる人』が居るのだから。
そこで無心になっていると、ふと引っかかる事が思い浮かんだ。
「そういえばアセナ、旅は馬じゃなかったんだね」
「ん。まあ、悔しいけど性能は自転車の方が高いからなあ」
問いに対して読心術は半分だけ、『嘘』と応えた。
カマをかけて正解だ。やっぱり自転車で旅行をした事のない当時のアセナなら、それはおかしな選択肢だよな。
「でも、命をかけるなら慣れてない自転車より馬を選ぶと思うんだよなあ。
崖地位なら易々跳んで移動する技量もあるし」
「……気付かれたか」
段々と馬の速度が落ち、そして二頭揃って停止した。観念したとばかりに。
アセナはミスをしてしまった事を言い訳しない。しかし、困っていない訳でもない。
自体が良くないのだと困った様子のシャルがボクに聞く。
「え、ええと……どういう事なのじゃ?」
「……」
シャルの横で、アセナは死刑を待つ囚人のように覚悟した様子だ。
しかし、敢えてボクはシャルの頭を撫でて答えに嘘を混ぜた。
「ん。正義の味方といえば昔は馬に乗った謎の騎士だったけど、最近は悪の秘密結社も複雑になってきてね。
突然暴れ出したり、病気とかの心配がない自転車の方が丁度良いのさ」
「ああ~。そんな話、最近出たの。確か、蒸気エンジンで動く自転車に乗って、腰のベルトのパワーで変身するやつなのじゃ!」
「ああ、そうそう。ソレソレ……だよね、アセナ」
なんかポーズを取るシャル。
こうなるとアセナは夢を壊さないように肯定するしかない。
『お姉ちゃん』が優しいのはボクが一番知っているつもりだから。
「あ、ああ~……そうだなっ!ミアズマの連中に家族を巻き込むわけにもいかないしな。
ハンナと侯爵様の勧めもあって繕って貰ったんだ!」
「おおおー、格好いいのじゃ」
純粋に眼を光らせるシャルへ、ボクは「だとしたら」と今までの情報を元に思い至った事を尋ねてみる。
「そういえばシャル、突然で悪いんだけどさ」
「むむっ、どうしたのじゃお兄様」
「もしかして今日のオネショって、寝る前に館内でなんか怖いものでも見たのが原因じゃなかったりしない?
例えば……」
一息。
「機械の脚みたいなのが生えて動き回る、ケルマの生首とか……さ」
驚きで眼を見開くその顔には、一切の嘘が無い肯定が描かれていた。
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