89 獣耳メイドさんたちに接待されよう
ソファに座る。
すると、アセナとシャルの義姉妹が、同時のタイミングで座ってボクを挟んだ。
座った直後のリズムは二拍子目。アセナとシャルでひとつの音。
これほどリズムが取れているなら、此処にエミリー先生が居ないのが悔やまれる。
仮にエミリー先生が居たら、どんな行動をするだろうか。ぼんやりと、視線先に彼女の立ち姿を想像した。
幻視した姿は何故かタンバリンを持っている。
「トン、トトン、パーン」って感じで最後の三拍子目に大きく楽しい音を加えるのが丁度良いと思うんだ。
そんなボクの想いが無意識にタンバリンを持たせたのかも知れない。
と、いった妄想を大真面目な顔して考えていると、ちょっと変わった獣耳メイドさん達がやってきた。
とはいえ、獣耳なのはルパ族なのでおかしくない。かわいいだけだ。
変わっているのは服装である。アセナが着ていたドレスに近かった。
ウチで使っているメイド服とは違ってほぼ直線裁ちの赤を基調とした袖広ワンピース。
その上に着ている前開きの黒いコートの襟、前端、裾、袖口には丁寧な刺繍が施されていた。この柄は家系毎に微妙に違うらしく、観察するのが面白い。
クルテという民族衣装に近いが、ルパ族はフカフカの尻尾を生やしている為、コートとワンピースの後ろ側に背骨に沿うような一文字のスリットが入っている。
勿論それだけだと大切なところが見えてしまう為、ワンピースの下には薄手のズボンを履いて足首を縛るという、非常に露出の低い構造になっているのだ。
この辺はアセナのドレスと一緒だね。
因みに、正確にはメイドさんではなくて親戚の人達らしく、「客人は家族が持て成すもの」といった民俗学的な思想に基づいているらしいが長くなるので省略。
取り敢えずボク等の政治に合わせ『メイドさん』と統一しよう。
隣に座ったシャルが眼をキラキラさせるのはそんなギャップだけではない。
彼女は二つのティーポットが上下に重なった物を持っていたのだ。シルエットが瓢箪っぽい。
よく磨かれた真鍮製で、金色をしているのも特徴的である。
ボクは何度かここに来ているので驚かないが、初めて来たときは似たような反応だったっけ。大声を出すのが恥ずかしくって小声でアセナに聞いたけど。
しかしシャルは、当時のボクとは対称的であった。
「お兄様、ティーポットが二段なのじゃ。なんか異世界っぽいのじゃ!」
「ああ、あれね。ルパ族の皆はチャイ茶っていう独特の紅茶を飲むんだけど、それに必要な構造なのさ」
「ほ~ん?」
よく分かっていないようなので、どう必要なのかを見せてみた。
用意されるのは耐熱ガラスのグラス。
真ん中が縊れてチューリップのような形になっているのがチャームポイントとの事。
メイドさんは一旦上の注ぎ口からお茶を淹れると、下の注ぎ口から透明なお湯を淹れる。
「茶葉を煮出して作るのが特徴でね。苦くなるからああやって個人によって濃度を調整してる訳だ」
「ほうほう。苦いのは確かに嫌だからの」
シャルは首を横に倒し穴が開くほどジッと観察していた。
出会ったばかりの頃、紅茶とチョコレートで文字通り苦い経験をした事を思い出す。
言ってる間にメイドさんは陶器の壺から砂糖を金色の匙で入れはじめた。
「だからああやって砂糖を多めに入れるんだ」
「……多め?」
量としては角砂糖二つ分くらいかな。
苦いものに嫌な経験のあるシャルはもう一杯ほど欲しいと見た。ところが、それに待ったをかけたのは、頬杖をかいてニヤニヤ笑うアセナである。
彼女は座椅子のように椅子に敷いた己の尻尾をパタパタ動かす。
「あれれ~、シャルちゃんってば苦いものが飲めないのかにゃ~。ま、お子様だし仕方ないかっ」
「むむむっ、そんな事はないのじゃ!妾は今の量でも大丈夫なのじゃ!」
「おっ、言ったな」
「その代わりアセナは普段の三倍の濃度で飲むのじゃ!」
「……へ?」
アセナの尻尾がピタリと止まり、軽口が固まった。
錆びついた玩具のようにぎこちない動きで口をパクパクと動かすその様は、まるで死にかけの鯉である。
「いやいや、なんでそうなる」
「勢いなのじゃ!」
「まあ、そこは言ったアタシにも責任あるし良いとしよう。でも、なんで三倍なんだよ。そこは多くて二倍くらいだろ」
「アセナの髪が赤いからなのじゃ!赤いのは三倍ってどっかの本に書いてあったのじゃ」
「ええ~……」
飲んでもいないのに苦い顔をする。
アセナはボクとヴァン氏に視線で助けを求めてくるが、ヴァン氏はふっくらと笑うのみだし、ボクも無言で微笑み返すのみ。
まあ、言っちゃたものは仕方ない。族長として責任果たさないとね。
彼女等は淹れ終わったものを両手で受け取ると同時に息を呑み、ピッタリのタイミングで同じ量の一口を口へ運んだ。
二人揃って苦そうに舌を出す。
「ほっほっほ、姫様も相変わらずで何より。君、カダイフを持ちなさい」
そうしてヴァン氏はメイドさんに声をかけると、人数分の皿を持ってこさせた。
「カらイフ?」
普通の濃度で飲んだせいか回復のやや速いシャルが聞いてくる。
一方でアセナは中々立ち直れていない。意外と甘党だしなあ。
昔、ハンナさんに連れられて下町のアップルケーキを一緒に「わーい」って言いながら一緒に食べてた思い出がある。
閑話休題。
「そう。これも彼等の郷土料理でね。かなり甘い物お菓子さ。
それに合わせる為に苦いチャイ茶の習慣が出来たらしいよ?」
「つまり……本来は極甘お菓子と合わせる物と」
首を縦に振って肯定すると、シャルは可愛らしく頬を膨らませた。
「それならそうと速く言うべきだったのじゃ」
「ごめんよ。ボクの少しあげるから許して」
「むう、今回だけじゃぞ」
そして手元を一見。
幾何学模様の入った皿に乗せられたそれは、手のひらに収まるメモ帳くらいの大きさだ。
更に言うなら乾燥ヘチマを四角く切ったような、幾重にも繊維が絡まっているお菓子だった。
具体的な作り方としては小麦粉を糸のような細い麺状にしたものを3〜4センチ程に千切り、溶かしバターで掻き混ぜる。
それを大きな四角い型に敷き詰めて平らにした物をオーブンで焼き上げ、目の前のサイズに切り分けた物である。
上には砕いた胡桃が掛かっていて、シロップの甘い匂いが鼻腔を撫でた。
観賞用として部屋の中央に置かれた花束は独特の香りがする筈なのだが、熟練の技なのだろう。
互いがが邪魔をせず、むしろ魅力を引き立て食欲をそそった。
スプーンで三分の一を割るとシャルの皿に分け与え、もう一切れを口を押さえているアセナの元へ。
ボクは残った一切れを口元に運び、焼き上がったばかりの焼き麺の食感を楽しんだ。
────パリパリ
中からジワリと甘いシロップが溢れ出て、この味がまた少し渋みのある胡桃に合うのである。
そしてすっかりと甘くなった口をチャイ茶の苦味で整えるのである。
グラスを手に取り、舌を転がした。
うん、美味しい。
愉快そうな表情で正面のヴァン氏が話しかけてくる。
「ほっほっほ、お口に合いましたかな」
「ああ。良い味だ。随分なおもてなしに感謝しよう」
そして再びチャイ茶を少し飲んで、机に置く。
「ところで、君達は随分とエミリー先生と心の距離があるね。なんか余所余所しいっていうか、遠慮しがちっていうか」
「……分かってしまいますか」
「まあ、幸か不幸か伊達に読心術って呼ばれていないからねえ」
ルパ族の人々がウルゾンJから降りたエミリー先生に向ける視線。
それはかつて、ボク自身がケルマのような生徒『以外』から向けられた視線によく似ていたからよく覚えている。
あれは腫れものに触れる時の眼だった。
『仲間外れにしている時の目』、とも言い換えられるね。
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