88 田舎に(デートしに)行こう!異文化交流編
「そろそろ降りて良いかな?」
「ちえっ、しゃあねえなあ。かわいいのに」
頬を膨らませるアセナは、言って口を尖らせると、お姫様抱っこされるボクの脚を地に付けさせた。ヴァン氏はなんとも言えないような苦笑いだ。
彼とはアセナと一緒に修行していた時代にちょくちょく会っていた記憶があるが、ここ暫く用事も無かったし会って無かったっけ。
変わらない姿に、何処かほっとした。
「これは恥ずかしい所を。
お久しぶりです。突然の訪問、失礼します。アダマス・フォン・ラッキーダストです」
「ふぉっふぉっふぉ、慣れてますから大丈夫です。お話は旦那様より以前から伺っておりますので」
ボクの脳裏にニマニマ笑う父上の顔が過ぎる。
父上め、そういう情報はボクにも伝えとけよ。
思っていると後ろからニマニマと笑うエミリー先生が。そして彼女にお姫様抱っこされたシャルがやってきた。
シャルは髪を掻き揚げると八重歯を光らせ、悪人っぽく笑おうと頑張っていた。
かわいい。
「ククク、お兄様が楽しそうだからやってみたのじゃ」
「それで感想はどうだい」
「お兄様にやって欲しくなったのじゃ」
言って彼女は赤ん坊が求めるかのように手を広げ、ならばとエミリー先生は中腰でこちらにシャルを差し出してくる。そんなキラキラした眼で見なくてもちゃんと受け取るから大丈夫だよ。
ボクは足腰に力を入れ、シャルをお姫様抱っこで受け取った。
演技も加える。
「さて、如何なさいますかお姫様」
「まあまあ。お屋敷を見て回りたいですわ、王子様。なのじゃ」
少し猫撫で気味に、慣れていない上品ぶった口調で話す。
なのでボクはヴァン氏に視線をやった。あっと気付いた彼は、直ぐにニコリと好々爺の表情を作って、一本のみの腕でウルゾンJの隣を示す。
ちゃんと王国の貴族としてのマナーを学んだ者の動きである。
「はい若様。此方に御座います」
そこにあるのはこじんまりとした煉瓦の家。移民するにあたり、特別に作られた代官屋敷である。
一階建てにしては広い屋敷。
それは、質実剛健という言葉が当てはまり、余計な装飾がないからこそ一貫性があって美しい。
こういう物を見た都会の子供、特に貴族の子供というのは、自分の家と比較して大抵は「自分の方が立派だい」とでも見下すような感想を垂らすものだが、寧ろシャルは宝石を見る様な眼で釘付けになっていた。
「お兄様、やっぱ降ろして欲しいのじゃ」
「ん。了解」
お姫様ごっこはもう良いらしい。
彼女は爪先からゆっくり立つと、何を思ったのか一回転。
両手を広げて屋敷を見て、更にクルクルと回る。ツインテールが身体の周りで螺旋を描く。
ふと足を止めると、ある一点に視点が行っていた。
屋敷の脇の馬小屋だ。
「お兄様、馬なのじゃ」
「そうだね、確かに立派な馬だ。
だけど、そんな珍しいかな?結構商業通りを馬車とか走っていたと思うけど。庭で訓練してるのも居るし」
「むう、それはそうなんじゃが……」
シャルは指を絡ませてモジモジと上目遣いに見てきた。
この感情は、『期待』だろうか。馬……馬……ああ、大丈夫かな?
空気の読めるヴァン氏は、ボクから視線だけやられても直ぐに言葉を続けてくれる。
「勿論後でお貸ししましょう。どうぞお嬢様とお乗り下さいませ」
「ああ。それは助かるよ」
シャルはパアッと笑顔を輝かせた。
一方でアセナは「ホントにお前、読心術持ってるの?」と、呆れ顔。
ゴメン。ぐうの音も出ない。
シャルに口で謝りたいのは山々だ。
しかし、その前にお勤めを果たさなければいけないのが辛い所。
「ええと、シャル。そういう事だから、先ずは挨拶からしようね」
「あっ、ああ~!そ、そうだったのじゃ!」
言って彼女はカボチャパンツを少し摘まんでカーテシーの体勢を取る。
「シャ、シャルロット・フォン・ラッキーダストで御座いますっ!
本日はお目にかかり光栄で御座いまっす!」
ちょっと遅い事に自覚があるのか噛み噛みだった。
しかしヴァン氏はちゃんと聞き入れ、シャルと視線が合うよう腰を落とし、手を心臓の位置に当てる。
ボウ・アンド・スクレープと呼ばれる貴族式の礼だ。
「ワシはルパ族の副長ヴァン・ベルド。
族長アセナ・ルパに代わり、此処の代官を任されている爺ですじゃ」
お互いに少し時間を置き、ヴァン氏が体勢を戻すとシャルも慌ててバネ人形の様に戻すとボクを見た。少し目が潤んでいる。
なので抱き寄せて頭を撫でてやると、ほっとした様子で抱き返してきた。
「ほほほ、仲が宜しい事で」
「ああ、昔の自分もこんな感じでアセナに甘えてばかりだったから気持ちは分かるよ」
「そんな事もありましたな。ささっ、立ち話もなんですから中へどうぞ。お茶も用意してあります」
ボクらは屋敷の中へ入っていく。
ところで、その後ろ。エミリー先生が付いて来ていない事に気付いた。
見れば彼女はルパ族の面々に囲まれている。
「あれ、エミリー先生は来ないんですか?」
「ん~。私はウルゾンJから出す道具の指示とか、ちょっと侯爵様から依頼されている仕事を済ませてからそっちへ行くよ」
「はあ、了解です」
その時の彼女からは、どこか憂鬱な感情が滲み出ていた。
◆
応接間に入った途端、甘い香の香りが漂ってきた。
家具は赤と黒と黄を基調としたエキゾチックな柄の壁掛けに、似たような雰囲気の絨毯。その独特性につい欲しいと思ってしまいそうになる。
絨毯の上には何かの毛皮が被せられているであろう、フワフワの長いソファがあった。
ソファの前には木製細工で作った小さな丸机が幾つも並べられている。
中心にはボク等のような長机でなく、噴水型をした陶器性の白い台座に花束が飾られていた。
彼らの風習で、客人とは花を以てもてなすものらしい。
「さあさ、お座りくださいませ」
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