86 ウルゾンJの弱点と、ルパ族の町への到着
「~♪~~♪」
話題も一区切り。
アセナのギターの音色に合わせ、鼻唄交じりのエミリー先生がスイッチでウルゾンJの機構を変化させていく。
「さあ、アダマス君。この計器を見てごらん。
出力が下がって、ここ……聴音器のランプが光っているね。外ではトランペットのような部品に魔力が注がれている筈だ。これはどういう事かな?」
「これから止まろうとしている。でしょう?聴音器は周囲の安全確認」
「せいかーい。優秀な生徒を持てて先生嬉しいよ。おっぱい揉ませてあげる」
「いや、今は安全運転に専念してて下さい」
「ちえ~。クールだなー」
いやいや、少し動いただけで揺れる爆乳をちょっと惜しいとは感じるさ。
でも、流石に命の方が大切だと思うし、エミリー先生だって本気でそう考えていないのはニヤニヤした表情からよく分かる。
そんなニヤニヤした表情のまま、口が更に動いた。
「では、第二問だ。なんで私は急にエンジンを止めないんだろうね?」
「そんなの、ボイラーの停止まで時間がかかるからでしょう?蒸気機関の基礎じゃないですか」
習った通りではそうだった筈。
しかしエミリー先生は楽しそうに笑みを深くした。そうしている間に周りの景色がゆっくりと移り行き、段々と停止に近付いているのが分かる。
「ざんね~ん。確かにそれは蒸気機関だけど、錬気術ではないな。
実は、魔石と錬金術を組み合わせる事でその問題は解決済みなのさ。
ただ、耐久度と速度を両立させる為にフレームの『軽く、硬く』を達成させる為に大分素材が『魔骨』頼みになってしまった。
だから全身に行き渡る魔力が無くなると極端に『脆く』なっちゃうんだね。
それが答えさ」
へえ。
と、言う事は一見無敵に見えるこのウルゾンJにも倒し方はある訳だ。
そういった男の子な事を考えていると、彼女はボクの身体をヒョイと持ち上げ自分の膝の上に乗せ、胸にボクの顔を埋めさせた。息苦しい。
停止した車内の助手席に置いていかれたシャルは抗議する。
「ああっ、お兄様を取っちゃダメなのじゃ!」
「くっふっふ。錬気術の問題に答えられんかった勉強不足のアダマス君を恨むんだな」
「むむむ~!」
ボクは押し付けられた乳からスポンと顔を出し、取り敢えず息苦しかったので外気を吸い込む。
ちょっと意義ありなんだな。
「いや、でもそれ最新技術どころか秘匿技術だからちょっと答えるのは難しいんじゃないですか?」
「う~ん。一応機関車にも使われている技術だけど、そんなもん?
それに、アダマス君はなんだかんだで私の『ペン』の問題を解いたじゃないか」
「そんなもんです。あと、それはアセナとエミリー先生の危機だったからと言い訳させて頂きます」
「むう」
エミリー先生は口を尖らせた。
当事者のボクが言うのもなんだが、人形に語り掛ける少女みたいで少しかわいいと思ってしまった。
彼女はアセナに視線をやるが、向けられた彼女はニヒルな笑いでチャルメラを弾く。
「みんながお前のような天才じゃねえしなあ」
「ありゃりゃ、仕方ない。でも、アダマス君と一緒にドライブデートする時に知って欲しい知識であることは覚えて欲しいんだな」
「はい、その時は是非」
ボクは口元を緩めた。確認した先生は満足したようだ。
「それではシャルちゃんにお返ししようか」
ボクは再び持ち上げられ、シャルの隣に置かれる。しかし、あの細腕の何処にそんな力があるんだか。
そして再びシャルは定位置であるボクの膝の上に戻ろうとした。
だが、それは叶わない。
『あ~。あ~。アダマス・フォン・ラッキーダスト次期当主様ですかな。
お待ちしておりました。ルパ族代表【ヴァン・ベルド】で御座います。お目通り頂きたく存じます』
それは周り……天井の辺りから聞こえて来た。
伝声管特有の金切り音が混ざっていて、つまるところ聴音器が外の音を拾っているのだろう。
なのでボクは、すっくと立ち上がると外に出る事にした。
座席後ろに歩を進めると、胡坐をかいてギターの調節に忙しいアセナに声をかけられる。
「おおっ。頑張れよアダマス」
「いや、君も行くんだよ。アセナ」
「ええ~」
なんとも田舎に帰った時の家族っぽい会話。
「ん。そうはいってもアセナが一緒に居ないと、『アセナの里帰り』って名分が無くなっちゃうよ」
「そういう事なら仕方ないかあ、めんどくせ~なあ」
納得したように立ち上がり、ブーツに足を通す。
そして彼女はボクの隣に立とうとするのだが……。
「いや、ギターは置いていこうね?」
「ええ~。コイツはアタシの苦楽を共にしてきた相棒なんですけど~。それに家族の前なら良くない?」
「はいはい、後でルパ族の人達が回収して代官屋敷の君の部屋に置いといてくれるから。その後に幾らでも弾いて良いからね」
言うとアセナはまた、ニヒルに笑ってミニギターをソファの上に置く。
そして今度こそ立ち上がって肩を組んで来た。
「んじゃっ、行くか」
「ん。階段は狭いから落ちないよう歩いてね」
「ニヒヒ。それなら……こうだっ!」
彼女が歯を出して笑ったと思うと、視界が一変。横向きに変わる。
とっさにこれは、彼女に抱きかかえられているのだと分かった。お姫様抱っこというやつだ。
「んじゃ、いっきまーす!」
そしてカンカンと螺旋階段を元気よく昇り、その超人的な腕力の片手で天上の扉を開けると外に出た。青空と日光が眩しく、昼の風が肌に染みる。
「おーっ、懐かしきは我が故郷!爺や、ただいま~!」
「姫様―!危ない真似はよして下さいませーっ!」
ボク等の下には、ターバンを巻いてその隙間から獣耳を出す。
そんな恰好をした、恰幅の良いルパ族の老人が此方を見ていた。焦った様子の彼は、耳と腕が片方ずつ無いのが印象的だった。
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