85 改造人間と三等分されたクッキー
その後も英雄譚として、人を言いなりがままの人形にしてしまう麻薬の畑を焼け野原にしたという歌を聞いている最中の事だった。
気になった事があるので聞いてみる。
「そういえば、ミアズマって何がしたいんだろうねえ」
「そりゃ、お兄様。悪の秘密結社のやる事といったら世界征服に決まっているじゃろう!妾は詳しいんじゃからな!本で読んだのじゃ!」
「そうかな……そうかも……」
純粋なシャルは鼻息を荒くし、興奮しながら握りこぶしを交互に上下させた。
ついつい何かに使えないかなと思い商館の時から持っていたクッキーを、半分割って餌付けの感覚で、八重歯が光る彼女の口に入れると幸せそうに咀嚼した。
ボクももう半分口に入れようとすると、横から肩を叩かれる。
振り向けば、運転するエミリー先生は片手を此方へ伸ばしていた。
「アダマス君、私も食べたいな」
「えっ、マジですか」
「マジマジ。だって私だけずっとムさい現場で、今日はオヤツ食べてないんだよ?」
彼女は口をぱくぱく動かす。
あくまで前を向きながらで安全運転は忘れない。
ならばと持っている半クッキー全てを手の平に置こうとするが、指を振って止められた。
ちょっとウザ目だけど、エミリー先生はこれが良いと思えてしまう不思議。
「ノンノン。アダマス君と一緒に食べるから良いのさ。そこら辺の女心を分かってあげないと亭主失格かな」
「ご、ごめん」
「おーけー、おーけー。まあ、まだ若いんだ。ゆっくり直していけば良い。
ああ、そうそう。三等分するんだぞ」
三等分と聞いて後ろを見ると、まさか当てられるとは思っていなかったのか、素っ頓狂な表情でミニギターを抱えるアセナがいた。
ボクはどうしようか眼で問いかけると、彼女はぎゅんと迫ってきて、ボクの手元のクッキーを歯で咥えると絶妙な力加減でパキリと三分の一を綺麗に取っていった。
「うん。美味い」
「おお~、なんか凄い技だね」
「ああ。アタシは凄いからな。なんかサバイバルしている間に身に付いた」
残ったクッキーを半分に割ってエミリー先生と分け合う。
それを食べながら、腹から軽口を弾ませればアセナも得意そうに返事を返した。
そして彼女はふうと一息着くと、ソファにもたれ掛かって再びギターの伴奏を加えて雰囲気を作りつつ語る。
「それはそれとしてミアズマが何をしたいか、だったな」
上を向いて今考えましたという態度を隠そうともしない適当な音程を紡ぐ。
実際、弾いている時の表情は何とも言えないものだった。
「……ほんと、なにがしたいんだろうなアイツら。
麻薬とか違法風俗とかガチの犯罪に手を染めている事もあれば、『悪い事をしたい』ってだけの見ててさっぱり何の得があるか理解出来ない事する時もあるし」
「おおおおおっ!その非効率さこそ悪の秘密結社じゃよ。と、いうことは悪の怪人とかも居たのかや⁉」
身を乗り出したのでお腹と脇を支えておく。組体操をやっている気分だ。
そんな様子に微笑ましい溜息をついて、続きを語った。
「まあな。寧ろ、連中の目的はそっちじゃねえのかってくらい、色々なのが出て来たよ」
「ふむふむ。共通点はあるのかい?」
「ああ、あるある。あいつら『改造人間』は殆どが機械で出来ているサイボーグみたいなもんでなぁ。だからこそ一ヶ所だけ生身の部分がある」
気付くとボクも話にのめり込んでいた。
流石、語る事でご飯を食べて来た人の話術は凄まじいものがある。
彼女は指でトントンと己のコメカミを叩いていた。
「……頭?」
「正解だ。あいつらは頭だけで生きている」
「そんな技術があるなんてっ!」
頭だけを生きさせる事が出来るのは、流石に不死の技術にのめり込んでしまっているのではないか。
無理があるのではないかと、エミリー先生を見た。しかし彼女は、チラリと此方へ視線だけ寄越す。
それだけ見れば、読心の出来るボクなら十分と言わんばかりに。
その技術は『真実』であると。
ポツリと彼女は口を動かした。どこか寂しそうに。
「アセナ、気を使ってくれるのは嬉しい。でも、言って大丈夫だよ」
「そうか。なら、言うぜ」
アセナはシート越しにエミリー先生の背中を見る。
一旦彼女は唾を飲むと、アコースティックギター特有の儚げな旋律を奏でた。
それに乗せるは衝撃の事実。
「頭だけで生きる人間の作り方……。
色々手順があるんだが、ザックリ言えばある特殊な因子を持つ魔力があるんだ。
物凄い濃度のコレをある一定の手順で取り込めば、出来る。
そう、アタシ達が積極的に襲うよう言われていた女たちの魔力の事さ」
言ってアセナは片手で己の首を握る。
「子宮ってのはさ、子供を育てる為の臓器だから濃密な魔力が溜まり易くってなぁ。
でっ、何をするかって言えばだ。
……クスリをな、飲ませるんだ。妊婦よりも『穴』が広がり易くなるよう調合されたクスリをな。
で、子宮に無理矢理頭を突っ込んで、首を叩き落とすっ!」
手刀で叩き切る動作をした。
「当然首を刎ねた時点で死ぬ。だから女は暫く死んだ生首を腹に入れて生活する必要がある。魔力を生首に馴染ませるんだとか。
そんで子宮を外科手術で取り出して、二つ同時に特殊な薬品に漬けて、暫くすると改造人間として息を吹き返す。呼吸しているかどうか怪しいけどさ。
後は首の断面に『機械の身体』との接続部を付けて完成だ」
「ひぇっ」
シャルが肩を跳ねさせた。
急にサイコな話になって怯えているのだ。
そんな気持ちを察したアセナは耳を少し動かし、これ以上深く言うのは止めた。結果だけ語る方向に切り替える。
「……怖がらせてすまねえな。
まあ、そんな訳でアイツらはこれを『転生の儀』だなんて御大層な名前で呼んでいやがる。子宮から出てくるっていうだけでな。
人の未来奪っといて何が転生だよ。歪んでるったらありゃしねえ。
つまり、エミリーは正に被害者な訳なんだな。
だからこの技術については人一倍恨んでいる」
一息。
「勿論アタシも連中を恨んでいる。
そして今も尚、そんなまやかしの『不死』をエサにスポンサーと改造人間は増えていてな、アタシは容赦する気はない」
言った彼女の声色はとても頼もしく、目付きは堅い決意を見せていた。
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