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84 悪の秘密結社【ミアズマ】

 堂に入っているとでも言おうか。

 長く使っていたせいか、アセナがミニギターを持っている様はとてもよく似合っていた。

 その馴染みようは、ボクの様に着替えた程度ではとても出せない。


 本来の行先であるボクの身体に当てられるが、拒否してアセナに返す。

 すると彼女は、嬉しそうな苦笑いを浮かべるのだった。


「折角だしなんか弾いてよ」

「かわいい弟に言われちゃあ、しゃあねえ」


 言って足を組んで、ひょうたん型をしたミニギターの凹みを太ももの上に乗せた。

 眼を閉じると指弾きで調節(チューニング)していく。


 ボクはその様子を、何故かドキドキして見ていた。

 シャルも膝の上で目を興味津々に光らせながら息を呑む。


 アセナは目を瞑ってヒクヒクと大きな獣耳を動かし、それを澄ます。

 難しい表情とは対称的に気まぐれに一本ずつ揺れる弦は、下に行くにつれて順々に音程を高くしていった。

 音が出る度に糸巻きを捻っていく。


「ん。こんなもんかな」


 そう言って彼女は洗濯板でも擦るかのように適当な動作で弦を連続で弾いていった。

 そのように適当な動作だというのに、駅前の吟遊詩人としてでも通用しそうな曲だった。

 勿論、歌の詳しいところなんてボクにはよく分らない。それでも「また聞いてみたい」と思わせる程度に心を穿つのならきっと素晴らしいのだろう。


 ボクの後ろに音が当たる。

 肩の力を抜いて、アセナは適当に楽器を掻きならしながら語り掛ける。


「てれて~ん、鼻からぎゅうにゅ~ってな。なんか弾いて欲しい題材とかある?」


 さて、どうしようか。

 実は、ボクはアセナ達が楽しければ何だって良かったりするからなあ。

 下を見れば相変わらずソワソワと小さな肩を動かすシャルが居て、ならばポンと頭に手を置いた。


「シャル、良いよ」

「ほっホントかや!」

「ああ。ほんとほんと。それで良いよね、アセナ」


 再び嬉しそうな苦笑いが作られる。


「かわいい妹に言われちゃあ、しゃあねえな。それで何が良いんだい?」

「アセナが格好良く悪の秘密結社を叩きのめした話とか聞きたいのじゃ!」


 ちょっとボクは固まった。

 と、言うのも近年は交通整備や戸籍の発達による治安の上昇。

 更に此処は他領の貴族も来る観光地いう事もあって、野球場やゴルフ場などのレジャー開発まで行っている。

 そういった理由から『客』への被害が出ないように大規模な山狩りが定期的に行われる為、山賊や海賊、ゴブリンさえ滅多に見なくなって数年。


 それこそアセナの居た場所のように物凄い辺境で、よっぽど上手くやらないと組織だった悪だくみなんて、あっという間に明るみになるような時代だ。

 まあ、それでも不思議と悪巧みをする人間と云うのは居なくならない。

 そんな今日(こんにち)、『悪の秘密結社』は『大魔王復活』くらい現実味がないのではないだろうか。


 そう考えると「うっわあ言い出し辛い」の気持ちが脳裏を駆けた。

 だってシャル、物凄いピュアな眼をしているんだもん。サンタさんとかいう外国の童話を信じる子供くらいピュアだよ。

 頭を抱えたくなる衝動にかられた。


 どうしようと考えていると、アセナは眉をVの字にして強気な顔付で親指を立てる。

 え⁉マジで居たの?悪の秘密結社……。それはそれで痛々しいな。

 彼女は手元のギターを慣れた手つきで弾いて、なだらかな風を音で演出した。


「お~よしよし。リクエストは受け取ったよ」

「ええっ!まさか本当に悪の秘密結社が⁉」

「いや、そんなんじゃねえなぁ」


 カラッと返されボク等はずっこける。


 しかしアセナは、不安になるようなメロディを奏でながら、憂鬱気に瞼を伏せた。

 睫毛が長い事がよく分かる。


「物語に出てくる悪の秘密結社なら、まだ簡単だったんだけどねえ。

私が旅の途中で叩きのめしてきたのは『ミアズマ』っていうマフィアさ。

遠いどこぞの国の言葉で『穢れ』って意味だったかね」


 段々と弦に感情が乗ってくる。

 そのお陰か、何時もよりアセナの感情が浮き彫りにされていた。

 それは憂鬱という薄膜に囲まれたどうしようもない怒りである。


 読心術の使えないシャルも流石に威圧されていた。


「お、おう」

「あっ!すまんすまん。つい、アイツらの事を思い出すと、ついカッとなってな」

「それじゃ、辞めた方が良いんじゃないかや?」

「……いや、言わせて貰おう。知っておいた方が良いからな」


 そして彼女は旋律と共に歌った。

 ミアズマについてを。

 流石に腕前はかなりのもので、曲調と歌詞がよく合わさり、盛り上げる所も分かっている。


────曰く。正体は不明。されど高度な技術あり。

────曰く。この国を再び争いの起こる世の中にしようとしているとの事。

────曰く。産業革命によって世界が平和になってから損をした農民、商人、冒険者、貴族までも裏で味方に付けて世間の見えないところでみるみる大きくなっている。

────何れ駆逐される事を私は願う。何れ真の平和の世が訪れる事を私は祈る。


 アセナは最後のひと弾きと同時に、そんな概略の歌を語り終えた。


「そいつらミアズマこそ、鉱山業で失敗したパノプテス家に風俗業を持ち出してきた奴らだった事が旅の途中で分かってなあ。つまり私の最も憎い相手でもある訳だ。

拠点とかは見つけ次第ぶっ潰していたかねえ」

「ほへ~、正に『ヒーロー』じゃのう。凄いのじゃ!」


 はしゃいで両手を上下に振るシャル。

 陽の気に当てられてアセナはニヒルな笑いを浮かべて、申し訳なさそうに彼女の頭へ手を置いた。


「……そんなんじゃねえさ。ただ憎いままに暴れまわってたまんまに過ぎねえ」

「ええっ。でも、そういうヒーローってよく居るのじゃよ?」

「ぐっ。痛いトコ付くな」


 ならばとボクは彼女の手の甲を、手の平で包み込む。

 シャルの頭の上にアセナの手、ボクの手と積まれた形だ。


「ま、子供の無邪気な気持ちは受け取っておきなよ。『アセナ姉さん』らしくないぞ」

「……そうかな」

「そうだよ」

「そうか、そうだなっ。ありがとう」


 昔は「こう呼べ」と言われた呼び方で呼ぶと、彼女は長い瞼を降ろして少し考え込み、思考を咀嚼すると灯火の様に深い微笑みを返してみせた。安心しているかのように。

 しかしシャルは機嫌が悪そうに此方を見る。


「むう。子供って酷いのじゃ。一歳しか違わんのにっ」

「ああ、うん。ごめん」

「罰としてお兄様は妾をギュッとうるのじゃ」

「仰せのままに、お姫様」


 ボクは彼女を後ろから抱きしめる。

 英雄譚としてのアセナの叙事詩をバックメロディに。

読んで頂きありがとう御座います。


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