73 世界の工場、はじめませんか?
「それじゃコレ、君ん家のアルゴス氏の捜索の方ね」
「はい、態々『兄』の為に有難う御座います」
皆でソファに腰かけ手紙を渡す。
ケルマはテンプレートの文章を軽く流し読みし、分かったように頷いた。捜索依頼を出した本人としても本題ではないからだ。
それでも敢えて、アセナに目を合わせて踏み込んでくる。
先程アセナに止められたのに逞しい。
「しかしこの度は兄が申し訳ありません。後で知った話ですが貴女、ルパ族でしょう。
賠償の準備はしておりますので」
ペコペコと下げられる頭。
読心したところ「後で知った」「賠償の準備がある」というのは嘘ではないらしい。
ボクの隣のアセナはつまらなそうな顔で使用人から出されたクッキーをバリバリ食べながら応じた。
「ふん、別に良いよ。金が欲しくて寵姫やってる訳じゃない。
それにしてもコレ美味しいね、良い小麦使ってる」
交渉の場でこの態度はどうかと思われるが、そこは貴族社会万歳というやつだ。
それでもケルマは笑顔をひくつかせながら答える。
うん。ボクも君の事は好きじゃないけど、その表情は当然だな。
尚、一方でシャルは一心にクッキーを食べているもよう。
その視界にケルマはない。
「あ、ああ……ありがとうございます。ついこの間、外国で得たものでして」
「ふ~ん。交易商って小麦も取り寄せるんだね。ウチの国だけじゃいけないの?」
ボクは話したいであろう話題に持っていく。
「ええ。殆どの商人は今のままで事足りると考えているようですが、私の考えは違っています。
我が国はもっと錬気術に注力し、国力を上げるべきなのです。
そして農作物や素材などは海外から取り寄せるという形にするのです」
「つまり君の知る『世界』をひとつの国として、我が国を工場としたい訳だ」
ケルマは嬉しそうに頷き、壁に掛けられた海図……つまり『世界』を見る。
「ええ。我が国はこれから技術で生きる『世界の工場』になるべきです。
私は貴族として錬気術士として、そして商人として生きる内に気付きました。これからは古い力にしがみ付く者からふるい落とされていきます。
それは大局で物を見ている貴方ならご存じでしょう?」
「……まあね。確かにもう、魔剣じゃ最新の銃に勝てなくなってるし、古い技術や権威にしがみついている人間は次々と落ちぶれていっている」
冒険者ギルドはすっかり寂れ、路頭に迷う古い錬金術士は沢山いる。
そもそも、目の前のコイツの本家だってある意味古い力にしがみ付いて滅んだ一例と言えよう。
「そして周りの国を従わせる為の手筈もあります。
技術こそそのまま力になるのだから、王冠を戴くのは我が国に他ならないのです」
「成る程。まあ、言いたい事は分かるよ。それで、君はボクに何を求めているんだい?」
聞くとケルマは何処からともなく地図を取り出し、机に広げた。
それは見慣れた地図。ラッキーダスト侯爵領の地図だった。
少し高価なパンフレットになると、領都のみではなく外にある田舎街などでスポーツを楽しむため、かなり広い範囲の地図が付いているのである。
ケルマはある一箇所を指差した。
「此処に、一大工業拠点を作って頂きたい」
それを見て表情が固まるのが二人。
一人はボク。伏目の自分でもこんな目を見開けるのかとびっくりだ。
そしてもう一人は隣。アセナだった。
そこには驚愕の念もあったが、それ以上に憤怒が強い。
額に浮かぶ青筋は今にも破裂しそうで、成長していない昔の彼女だったら間違いなく殴り掛かっているだろう。
ケルマが指差したそこ。
そこは、ルパ族がやっと手にした町のある土地だったのだ。
「……君は、自分が何を言っているのか分かっているのかな?ボクの隣の人とかカンカンなんだけど」
「ええ、分かっています。修行期には何度殴られたか分かりません」
知っている筈なのに敢えてそれを言うケルマは、図々しいというより肝が据わって見えた。現に顔には緊張の色が見える。
そんな想いが伝わったのか、アセナは納得いかない様子は隠さないが、取り敢えず青筋は収め足を組んだ。
「調べた結果、此処が一番向いているのです。理由はなんとなく分かるのでは?」
「まあね」
ルパ族は虐げられてきた歴史がある。
その為、なるべく周りに集落を作らないでおいたので空白地帯が多いのだ。
しかし目を離してもいけない。だから山の麓に町を作り、そこを山中を切り開いて作った集落から何があっても良いよう、上から監視できる仕組みになっている。
つまるところ機密を取り扱うには十分な環境で、これから工業地帯を作る際に最も立ち退く人が少ない場所なのである。
そこでアセナが口を出した。
鬼の形相だよ。お~、怖え~。
「で、土地を取り上げられたアタイ達はどうすんだい?え、地上げさんよ。
ヤクザもんの親戚はやっぱヤクザもんなのかねえ」
睨み付けられたケルマは、以外にも今までのようなヘラヘラしたような営業スマイルを浮かべてはいなかった。
それは未熟さはあるものの読心術で発見するのが難しい『大義ある者』の目付きだった。
「はい。否定しません。だからこそ別の案を用意してきました」
ボクの記憶のケルマはここで言い訳をする人間だった。
時間は人を変える。
今の彼はボクの知る彼でないのかも知れない。
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