69 今日の朝ご飯はハムエッグトースト
それは上品な造りのハムエッグトーストだった。
食パンの上には卵、細かく切ったトマト、チーズ、切った生ハムが乗せられていた。
同時にトーストされる事で溶け合い、その上からは粗挽き黒コショウと細かく刻んだパセリが振りかけられている。
ナイフとフォークも一緒なのは、単に具材が多いのもあるが、卵が半熟なのもあるからだろう。
噛めば噛むほど圧切りにした生ハムと、それに掛かる半熟卵の旨味が舌を擽る。
ふぅん、牛肉で作った生ハムとは珍しい。ほんのりとビーフジャーキーっぽい風味がある。
ところで、妙を感じたのはボクの隣に席を移したシャルである。
「ふむ。そんな塩辛くはないんじゃの」
生ハムといえば旨味を凝縮する為に塩辛くなるのが普通なものだが、これではそれを感じない。
寧ろアクセントになっているとさえ感じる。
溶けたチーズごと噛み切ろうと、ハムを口で引っ張りながらボクは応えた。
「これはトマトの酸味で中和している感じだね。パセリも良い味出しているけど。なんていうかピザっぽい」
「そりゃまた面白い組み合わせじゃの。折角じゃし、それらしいオカズもあれば良いと思うのじゃが」
そこでボクらの後ろから手が伸びる。
人数分の小鉢がテーブルに置かれていた。
「あらあら。でしたらこんな物は如何でしょう」
小鉢に盛られているのは黒オリーブのピクルスだった。
ボクはフォークでそれを口に運び、味を噛み締める。うん、酸味が美味しい。
そこで声が上がる。
「なあハンナ。アタシはもっとガッツリいきたいんだけど、そういうのは無いん?」
「うふふ。勿論あるわよ」
そう言って今度何処からともなく……もしかしたら意識していなかっただけではじめからトレイに乗っていたのかも知れないが、取り出されたそれは、小皿に盛られた大きなソーセージが六本ほど。
プレーンなものもあるが、バジルが含まれるものもあって色合いが良い。
「おっ、マジであるのかよ。相変わらず準備が良いなあ……ていうか、はじめから出せ感もあるな」
「うふふ、それは言わない約束よ」
「はいはい。それじゃアダマス、シャル、お前らも居るだろ。まあ喰いねえ。再開の印に、私の奢りさ」
彼女は自分のソーセージを取るとボク等の方へ皿を寄せた。
気配りが下手に見えて、こういう気配りはちゃんとしているのがなんとも言えない彼女の魅力なのだなと感じつつ、ボク等は受け取る。
決して「それを準備したのはアセナではなくハンナさんなのでは?」と、突っ込んではいけない。
取り敢えず、パリッとした食感の後の肉汁がなんとも素晴らしいものだったと言っておこう。この独特の癖は……ラム肉かな。
ところで食べている最中だ。アセナは何かに気付いたように、微笑んで呟いた。
「しかしこの味は……クックック、ハンナも粋な事をする」
「どうしたのじゃ?アセナ」
「この食べ物なんだけどさ、材料がほぼ全て、私の一族が育てているものばかりなのさ。味が、一年前と何も変わっていない」
「ほへ~、味が分かるなんて凄いのじゃ」
「まあ、狼の獣人だし。何年も馴染んだ『故郷』の味なら楽勝さね」
言って彼女はソーセージを齧り、モゴモゴと馴染み深く味わい出す。
勿論、流浪の民だった彼女に本当の故郷はもう無い。
しかしルパ族は侯爵家の保護下に入り、山の麓に畜産を主産業とした町を治めることを許されているのである。
ボクは一切れのハムエッグを咀嚼して飲み込む。
直後、ナイフをアセナに向けて指し示したい衝動に駆られるが、十二歳の大人なボクとしては「くっ、沈まれボクの右手よ」とマナーの問題で自制し話しかけるのみに留まった。
凄いぞ、ボク。
「そういえばアセナは実家には挨拶したの?」
「いーや、まだだな」
「それじゃダメだなー。一年も家を空けて家族に挨拶はしなきゃダメでしょー」
「そうかー、そうだなー」
「「……」」
眼を合わせて一拍。
「……折角だし、一緒に行くか」
「そだね。ルパの町も最近行ってないしなあ。シャルはどうする?」
「獣人の町じゃろ?勿論行くのじゃ!メルヘンゲットなのじゃ!」
後ろを見ると、シャルは眼をこれでもかという程キラキラさせていた。
「そんな楽しみかい」
「うむっ!ケモノ耳がいっぱいの町で、畜産とかロマン溢れるのじゃ。
後、妾が純粋に領都の外に出た事が無いしの。実家に居た時もお外に出して貰えなかったし」
ちょっと食べカスが顔に付くが、まあ可愛いので良いだろう。直ぐにハンナさんがボクの顔を布巾で拭くと一言。
「坊ちゃま、お嬢様。お仕事を終えてからですよ」
「……わ、分かってるさ。うん」
いけないいけない。テンションに任せて出発しそうになってしまった。
とはいえそろそろ食べ終わる。
「ん。それじゃ、お仕事をちゃっちゃと済ませて行こうか」
「だな。アタシも手伝うよ。
しかし意外なのはシャルが結構都会育ちって事だな。実家の屋敷の中と、この街にしか居た事が無かったって事なんだから」
アセナはシャルの頬を突く。
「むむっ、どういう事なのじゃ」
「いやあ。どうもこうも、なんか第一印象から田舎の地主の娘っぽいイメージがあってなあ」
「むむむ、それは妾がイモっぽいという事かや」
「そうとも言う」
「むむむむむ~~~!」
膨らむシャルの頬を再び突くその様は、ガキ大将の様に見えた。
まあ、ボクは貴族主義に浸かり切った令嬢より、少しイモっぽさが入った娘の方が好きなんだけどさ。
そこは黙っておこう。




