65 アウトドア系お姉ちゃん、アセナ来襲
痴女が来た。
じゃ、なかった。アセナが風呂に乱入して来た。
「こんな所に居たのか、アダマス。探したぞ」
動き易いよう短く切られた癖の強い赤毛。
頭から伸びる狼の耳と、尾骨部から生えてるのが前から見ても分かるフサフサの尻尾。
確かボクと五つ離れているから、今の年齢は十七だったっけな。
産まれたままの健康そうな褐色肌を恥ずかしげもなく晒し、彼女は大股で此方へ近付いて来る。
「はわっ、はわわわわ……」
シャルが先程まで動かしていた手の平を止めて、大きく目を見開く。
酸素を求める魚のように口がパクパクと動いていた。
突然の乱入者へ脳の処理が追い付いていないらしい。
何もしていない時間はあっという間に過ぎるようで、気付くとアセナはボク達の目の前へ来ていた。
腰に手を当てて仁王立ちしているのが分かる。
アセナは前屈みになって、シャルと一旦視線を合わせた。
軽く頷くと、視線をボクへ移す。
「んで、この子は誰?アダマスの嫁さんかなんか?」
「うん、まあ……そんなモンかな」
「なんだそのアヤフヤな答えは。
嫁さんなら嫁さんとハッキリ言えよ。鈍感系ハーレム主人公は嫌いなんだ」
頬を膨らませて尻尾を振る。
少し苛々しているそうだ。
そういえば犬が尻尾を振るのは興奮の表現であって、嬉しいとは限らないという事を、ボクはなんとなしに思い出していた。
「義理の妹として紹介されて、婚約者になったんだ」
「ああ〜、ハイハイ。そういう事ね。属性濃いねえ。
我が弟分ながら好きもので何よりだ」
アセナは腕を組んで、楽しそうにニマニマする。
そんなやり取りに手を挙げて介入するものが一人。
何時の間にやら復活していたシャルである。
「ちょっと良いかの?」
「どうしたのかな。妹ちゃん」
笑い方を有効的なものに切り替えて返答。
ガラスの方から注ぐ陽光に照らされた白い歯が眩しい。
「突然『その格好』で現れて、お互いに何の反応もないのはどうかと思うのじゃ……」
アセナは自分の身体を見て、やっと気付いたかのように納得の意を示した。
彼女はゆっくりつま先を伸ばすと、湯に身体を沈めていく。
長い脚は運動選手のように鍛えられていて、その一旦が湖畔のカモシカのような幻想的な風景になった。
「黙っていれば美人なのになぁ」とは言っていけない。
アセナはシャルとボクの間に陣取った。
大きな耳をピョコピョコと動かし、不満げな表情でボクの鼻先を指差す。
そのまま鼻先を押してグリグリと弄った。
湯気の中でやるのでちょっと息苦しい。
「だよなあ。アダマス、お前は酷い奴だ。
一年の長旅を終えてやっと里帰りしたから挨拶しようと思ったらお前は居ないんだ。
なら風呂に入っておこうと思ったら妹が増えているわ、『お風呂でバッタリ』という折角の美味しいハプニングだと云うのにリアクションは薄いわ。
それだったら妹ちゃん……え~っと……」
アセナはシャルを見る。
この対応は予想していたのだろう、無言の問いに対するシャルの受け答えはスムーズなものだった。
「シャルロットですじゃ、お姉様。お兄様に頂いたあだ名はシャル」
「おおっ、そうか!ありがとよ。
シャルの方が良い反応していたぞ」
ボクは反応の薄い表情のままに首を傾げ、両手で自分の胸を隠す動作。
声色は棒読み気味だ。
「キャー、オネーチャン・ノ・エッチー」
「うっわ雑な反応だな。
まあ、お前は昔からそんな性格だったし、それで良いんだけどな」
「ボクはボクを貫くのみだからねえ。
と、言うわけでお帰りなさい。アセナ」
「おうっ。ただいま、アダマス」
ボクの鼻先を弄っていた手は軽く頭上へ掲げられると、ボクはそれを叩いた。
息の合ったハイタッチである。
「「うぇーい」」
「おお〜、流れるようなのじゃ」
無駄に洗練された無駄のない無駄な動きに対し、シャルは拍手。
勢いのままにアセナはもう片手をシャルへ差し出すと、遠慮がちだがハイタッチした。
「う、うぇーい……なのじゃ?」
「うんうん、良い感じだぞ!ところでシャル、なんか言いたそうだな」
ハイタッチの体勢のままに、シャルの肩はピクリと上げられた。
「やっぱ分かるかの。
お姉様はお姉様で見られても、堂々としたモノなんじゃなって思って」
「ああ。それな〜」
アセナの声にはジジ臭い雑味が入っていた。
縁にもたれ掛かって、そのまま胸を張る。顎の裏側が見える程に顔を上に向ける。
だから上半身が真前で完全に晒されているが、これといった色気は感じられなかった。
「昔から稽古の後とか一緒の風呂に入る事はよくあったし、何より出発前にアダマスに『初めて』を捧げちゃったからなぁ。ぶっちゃけ熟年夫婦感が強い」
「マジかや⁉︎」
「ああ、本気と書いてマジだ。アダマ〜ス、説明任せた」
面倒そうなアセナの声が向けられた。
対称的にシャルは期待に胸を躍らせ此方を見る。
このやり取りで、アセナは単にボクとハイタッチしたいが為に反応を求める事が分かるが言及しないのがカッコいい大人の男というものだ。
だからボクは言及しない。
「アセナが冒険に出る前、もしかしたら治安の悪い所なんかで初めてを『奪われる』可能性があったから卒業しておきたかったんだってさ」
「あ〜、なるほどなのじゃ」
相変わらず縁で寛いでいる、ボクの姉貴分を見やる。
顔を熱らす彼女は、何故か企みが成功していた悪戯っこのように口端を上げていた。




