63 上は洪水、下も洪水
お久しぶりです。
それではスロー更新の予定ですが、第二章を開始させて頂きます。
ある朝の事だ。
目を覚ますと、そこには何時もと違う光景があった。
隣には色素の薄い金髪に、サラサラの額を持つ少女の顔。
これは最近一緒のベッドでよく寝ている妹であり婚約者の【シャルロット(愛称シャル)】なので、居る事自体に驚くような事はない。
只、彼女の表情がなんとも驚かせるものだったのである。
「うっ、うっうっ……ふええ~ん、お兄じゃまぁぁぁ~!
ごめんなさいなのじゃあああ~!」
目の前に見えたのは人形の様に可憐で猫の様に元気な美少女ではなく、涙と鼻水で顔をグシャグシャにした年相応の十一歳の少女だった。
あーあー、これじゃ可愛い顔が台無しだよ。
よく分らないけど何かやらかしてしまったそうだ。
しかし素直に謝ったので、安心させるように軽く抱く。
そしてなるべく柔らかく囁きかけた。
「よしよし、大変だったね」
シャルは眼を合わせられないんだぞと、ボクの胸に額を押し当てグリグリと擦り付ける。理由はよく分からないけど相当だね。
ボクの鼻腔をシャンプーの香り、彼女自身の乳臭い香り。
続いて何時もと違う、ツンと酸っぱい香りが布団の隙間から漂ってきた。
主に下半身に強く感じる謎の湿り気。
ああ……なるほど。ボクは彼女を生暖かい気持ちと共に視線を送る。
シャルがおねしょをしていた。
ボクの寝巻に染み込んで冷たくなったおねしょに対し取り敢えずの苦笑いを作って、彼女と目を合わせた。
出すものを出し尽くしたのか、涙が収まりつつある。
下瞼と鼻が赤く腫れているものの、鼻をすすり感情が落ち着いていたのがよく分かった。
「大丈夫。お兄ちゃん怒ってませんからね~」
「うっ、うっ、ホントなのかや?」
「ホントホント。ほら、お兄ちゃんの眼、とっても優しそうでしょ」
そう言ってボクは自身の瞳を指差した。
シャルはこんなに無き腫らしていても綺麗な瞳は健在だ。なのでボクは瞳に反射するボク自身を見つめる事が出来る。
そこに映るのは、苦笑いを作ったつもりだが相変わらずの無表情。
それでも最近は、身近な人に分かる程度には微妙に変化が付いた筈だ。
「むう。それはそうじゃがのう……」
優しいシャルはボクが笑っている事を理解してくれたらしい。
読心術はボクへ対する猜疑心よりも、彼女自身の不安を伝えてくる。
「ならば、はあっ!」
だからボクは彼女の小さな身体をキュッと抱きしめると、二本の脚で思い切り布団を跳ね上げた。
布団の端がコロリと向こう側へ巻かれる。
出てくるのは、両脚をピンと立たせて身体をくの字に曲げたボク。
そして、ボクに抱かれるシャルである。
抱く事で尿がより強く染み付くが、なあにこれからの事を考えれば構うような物ではないさ。
「とあ~、お兄ちゃん大回転~」
何処か棒読みのボク。
シャルを抱いたまま、貴族特有のそれなりに広いベッドを転がって勢いを付ける。
そして上半身を起こし、彼女をボクの膝に座らせる形にした。目の前には廊下へ繋がる扉がある。
彼女へ視線を合わせず、ボクは扉を見て言う。
「シャル。朝は冷えて寒いね。朝風呂にしようか!」
突然のテンションの変容に唖然とするシャル。
しかし、ボクが何を言いたいのか分かったのだろう。軽く頷いて拳を握って、ボクの方を見てくれた。
こういう時は、勢いで誤魔化すものだ。
「お、おうなのじゃ!そうじゃの、妾も冷えてしまったしお供するのじゃ」
かくしてボク等は酸っぱい臭いのするベッドから立ち上がり、このベッドをメイキングするメイドさんに悪いと思いつつ、ドアノブを捻り部屋の外へ出るのだった。
主に下半身が塗れているボク等二人は、抜き足差し足だ。
廊下を歩きつつ使用人に見つからないかハラハラと浴場に向かう。
実のところボクは『似たような経験』があるので、そこまでハラハラとはしていなかったのだが、シャルはそうでもない。
緊張感で挙動不審になった彼女の心理が手に取るようによく分かった。
昔のボクもあんな感じだったなあ。
「ふう、懐かしい」
「ふえっ⁉」
思ったよりもシャルが反応した。
先程の緊張は何処へやら。シャルは興味津々な目付きでボクだけを見ていたのだ。
「同じ経験があるのかや」
「ああ。シャルを抱きしめてお風呂場に向かう所までそっくりだ。それにしてもそんな驚く事かな」
やらかして、見つからないように逃げようとするなんてよくある事だと思うんだけどな。
どうもこうした細かい心理は読心術では読めないのが不便なものだ。
思っていると、彼女は口元を萎れさせて下を見た。
指同士を絡めると、聴き取り辛い大きさの声で語りかけてくる。
「つ、つまりじゃよ。妾みたいな妹的存在が別に居るという事かの」
「ああ。心配していたのってそこかあ」
ボクはポンと拳で手の平を叩いて頷いた。
「大丈夫、妹ポジは今も昔もシャルしか居ないよ。ボクが言ったのは逆さ。
ボクには小さい頃から一緒に育ったお姉さんみたいな人が居てね。今はちょっと領の外に出てるけど」
「ああ、そういう事かや。そういう人が居るのは初耳なのじゃ。
ところで、妾を抱いてお風呂に向かう所まで一緒という事は……」
少し顔を赤らめたシャルはボクのズボンを見た。
多少乾いているものの、まだまだ彼女自身のおねしょで湿っている。
「う、うんっ。そういう事だね。さあ、お風呂行こうか」
「お兄様のそういう正直なところ、妾は好きじゃよ」




