60 内気な少年は男らしくなろうと頑張った
妹との婚約。
それが勇気を出して、ボクの出した結論だ。
しかし父上の表情には変化がなかった。
面白がる様子もなければ、呆れるでもない。
まるでこうなる事が分かっていたかの様に素っ気ないものだった。
確かにこの国において兄妹での結婚は認められている。だけど、あまりに反応がなさ過ぎるというか。感情が平淡過ぎて心がよく読めない。
これはもしかして、続けろという意味だろうか。
「ええと、ですね。兄妹関係を維持したままというものは常に寄り添っている理由にもなり、政治的干渉に対するメリットが……」
「あ~。違うちがう。そっちは勝手にやれっていうかやって当然っていうかね」
理屈を持ち出そうとすると、父上は己の後頭部を掻いて直ぐに話題を切った。
背筋を伸ばして欠伸と一緒に屈伸し、そして領主の席を立つ。
豪華な椅子を空にして向かう先は、客人が来た時に対話する為のややグレートダウンした椅子だった。
ドスンと荒く、父上はそこへ座って顎をボクへしゃくる。
席の配置は、椅子同士が向かい合うようになっていた。
故にボクは、父上の向かいにある椅子に座った。
すると何がおかしいのか、父上はボクを鼻で笑った。
本当にイラッとするなコイツ。
「なにかおかしな事でも?」
「高が色恋沙汰に随分畏まったもんだと思ってね」
「……ボクは真剣なんですよ、貴方と違ってね」
毒舌を送ってやった。
ただ、父上は眉ひとつ動かさず、両肘を机に乗せると両手の指を絡め、そこに顎を乗せる。
前屈みになった父上は、雑談でもするような口調ではじめた。
「さて。シャルロットをお前の妹にしたのは、朝言った通りに面白そうだったからだ。
確かに婚約者にしようとも思ったんだ。
なんせ面倒を見てくれと頼まれた娘が、丁度息子の好みのタイプど真ん中だったからな」
「え?なんでその時点で分かってて……」
ボクが好みを口にしたのは今日の朝で猶子契約をした時点ではなかった筈だ。
対して父上はこちらを指差し、下品にゲラゲラ笑っている。
「アッハッハ、そりゃ分かるって。
あの部屋に隠してるつもりの『ぼくの考えたさいきょうの服の組み合わせ』の落書きのモデルがシャルそっくりなんだもん」
「……気付いていたんですか?」
「当たり前でしょ。ぶっちゃけ子供が隠したエロ本が親にバレない筈ないだろ」
「エロ本じゃないんですけど」
「そういう趣旨ってだけさ。細かい事は気にするな」
何故だろう。
朝とバレている事は一緒なのに、今度こそ顔が熱くなりながら父上を見た。
「まあ、アダマスがムッツリスケベなのは今に始まった事じゃないから良いとしよう。
で、シャルロットを婚約者でなく妹にしたのは前情報を分析した結果、『頼れる兄』が必要だと思ったから」
「確かに今日知りましたけど、よく分りましたね。普通貴族ってのは弱味を他貴族には晒さないモノですよ」
「そこら辺はウチの暗部が優秀だっていうのと、当主と部下の連携が取れて無かったっていうのもあるね。もうちょい大人になったら、少し分けて上げるよ」
なるほど。軍隊が少ないと思ったけど、そういうところに手間をかけているのかも知れない。
それにしてもメイドの居ない貴族間の会話というのはどうも落ち着かない。
何時もなら此処でハンナさんがお菓子と紅茶を持ってきてくれるのに。
あくまで自分の力で父上と戦えという事なのだろう。
「さて、これにはシャルロットだけでもなくアダマスにもメリットのある話だと思ってね」
父上の口角が上がり、手を解いて、顎を持ち上げた。
胸襟を開いて話しましょうってやつかな。
「アダマス。お前の『恋愛』は何時だって受動的な恋愛だった。
エミリーは向こうがグイグイ来たものだし、ハンナは俺から与えられたものだ。
その意味、解るな?」
ボクは首を縦に振って肯定する。
解るさ、ボクに自分から何かをしたいという積極性を持って欲しかったのだろう。
領主として、人として。与えられて満足するだけの甘ったれたお坊ちゃまのままでいて欲しく無かったって事だろう。
実際、今までのボクだったらそうだった。
恋をしたいと考えるだけで、それを積極的に求めようとも与えようとも考えなかっただろう。
「ボクが言い出さなければ、決定権の無いシャルは永遠に只の『妹』のまま。
そんなのは嫌ですよ。好きになってしまったのですから」
ボクはグイと前に身体を伸ばす。
「ボクは、愛する人間を自分で決めます。
その対象が複数になっても、一生の面倒をみるし責任も持ちます。意志を尊重し肯定のみを求めたりはしませんが、流されもしません。
だってボクは、『男』なのですから」
真っすぐ向き合い父上に言い放つ。
学園生活をして母上から告白され、悩んだ結果一人のみを愛してきた父上とは逆ベクトル。それでも、これがボクの恋愛だ。
「ふーん。あっはっは、そこまで言うかね。聞いてもいないところまで」
「父上がボヤかし過ぎなのです。黒幕気取りですか」
「まあな。取り敢えず、それが分かってるなら十分だ。結婚でもなんでもすればいいさ。
俺としても『思ったより早かったな』程度にしか思ってないし」
父上は面白がって笑っていたが、ピタリと止めてひとつ言葉を落とす。
「ただ、お前はまだ子供だから気付いていないけどさ、お前の中には魔物が住んでいる。
欲望って名前のとんでもない物がな。
それは誰にだって住んでいるものだけど、お前の物はとんでもなく凶暴だ。
だからこそ、喰われないよう女達によく見て貰うといい」
「……はい」
どうとも言えず、頷くしかなかった。




