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46 マーフィーの法則

 心が大分楽になったボクらは、何処かの裏通りなのであろう脇道をもっと奥へ進む事にした。

 奥に行けば行くほど建物の形等も独特の物やら旧い物やらに変わっていって、ボク自身でも何だか分からない物になっていく。


 そこでシャルはひとつの発見をしていた。

 腕を掴みながら興奮し、ピョンピョン飛び跳ねながらある場所を力いっぱい指差す。


「お兄様、あれあれ!あれなのじゃ!」

「随分アバウトな言い回しを連呼するね。どれどれ……。

へえ〜。こんな所にも咲くんだ」


 ボクが見た先は整備がされていない土が剥き出しの地面。

 そこでは小さな花がこじんまりと群生していた。

 個体群は点々としていて、中々の数である。まるで花畑のようだ。


「ミカガミ草だね」

「そうなのじゃ!」


 そこに生えていたのはボクん家の庭園にも生えていた魔力によって色が変わる、半透明の鮮やかな花だった。

 我が家に生えているものは水辺だったので、荒地のような道にあると中々のギャップであってその美しさが強調される。


 ボクは個体群からひとつを毟ると、何となしに眺めていた。


「錬金術に使う特別な植物だから結構珍しいものの筈なんだけどなあ。ある所にはあるものだね」

「どっからか種子が紛れ込んだのかの?

それに、コレって適切な魔力がなければ生えない筈なんじゃがのう」

「まあ、生えている物は仕方ないさ。此処の住人なら案外使いこなせるかも知れないし」


 特に麻薬のように禁止している訳でもないし、ノータッチでいこうと思う。

 もしかしたらシャルの買った糸の染色のように、新しい何かを生み出すかも知れない。

 そうした事が成されたら、援助をするのもまた一興か。


 考えながら手元のミカガミ草を振ってシャルに渡すと、嬉しそうに彼女は受け取った。

 少し眺めて空になった小銭入れへ入れる。


 そのように暫く『花畑』を暫く楽しんだ後、頃合いかなとボクは背筋を伸ばして力を抜いた。

シャルへ向き直ると、ただ一言紡ぐ。


「さて……今日はもう帰ろうか。そろそろ区切りも良いと思うしね」

「そうじゃのっ。また来ようぞ」


 ニコニコと笑う妹の手を取って、ボクらは元来た道に出ようと繰り出す。

 来た時は気にしなかったけど、道は何も考えずに作ったのか大分曲がりくねった物だった。

 その横の壁は相変わらずゴチャゴチャと物が溢れている。


 と、そこまで来てボクは違和感に気付いた。


「あれ?」

「どうしたのじゃ、お兄様」

「ん……、いや……なんでもないよ」


 実際のところ「なんでもない」どころでない。

 置かれている物も、道を形作る建物の形も、来た時にボクが見た物とは微妙に違う。


 不安にも似た違和感を感じ続けるも歩き続け、シャルにバレないよう周りに視線を配る。

 今、自分の置かれている状況を整理した。


 今歩いているこの道は、はじめに来た道とは違う。

 貧しい層が住まう独特の形式の道に慣れていないから、その差に気付けなかったのだ。


 以上の事実から結論に至る。

 ボク達は完全に迷子になってしまっていたのである。


 こうして歩いているのが奥へなのか主要な道路へ帰ろうとしているのか方角も不明なまま。

 状況を振り返るとボクは冷や汗を垂らした。徒労感で膝にはじわりと疲れが溜まる。


「お兄様。顔色が悪そうじゃが、ホントに大丈夫かや?」

「だ、大丈夫だよっ。うん」


 途端、シャルがジト目でボクを見た。

 そこにある感情はもはや疑念ですらない。何かを隠しているという確信を得ている。

 彼女はボクの腕を両手で抱き寄せるように握った。


「……お兄様、大事にならん前に言った方が良いのじゃよ?」


 シャルは優しいな。

 その顔はボクとは違って不安よりも心配の色が強いのだから。


 ボクの目はきっと遠い目をしていたのだろう。

 "嘘は何れバレる"と云う、腐った貴族達を相手に至った持論をまさか己の身で感じる事になるのだから。

 このまま放っておいてもしょうがない、正直に話そう。


「シャル、実はね……」


 一通りの事を話した。

 そして彼女は呆れたように溜め息を吐く。でも理由は失望って事じゃない。


「なーんだ、そんな事かや」

「え?」

「妾が言うのもなんじゃが、そりゃ人間じゃもの。

迷うくらい当たり前じゃ。

別に妾は完璧過ぎるお兄様は期待しておらん。なんというかの……汚いのは嫌じゃが、自分をそこまで綺麗に取り繕う必要は無いと思うのじゃ」


 ボクは頬を掻く。


「そんなもん?」

「そんなもんじゃよ。そ〜れ〜にっ、庭園の噴水でも言ってくれたじゃろ」


 シャルはミカガミ草を小銭入れから取り出し、摘む指先で揺らす。


「外で何も見つからなくても、大丈夫じゃと。

でも、妾は敢えてそこに付け加えようかの。

何か悪いことがあってもお兄様と一緒なら、きっと大丈夫なのじゃ!」


 フンスと自信満々に言う彼女に癒された。

 近くにこんな人種が居るのに悩んでいた自分がとても小さく見えて、心中の不安にしがみ付いていたのが間抜けに思えたのだ。


「それも、そうかな」

「そうじゃよっ!」


 ニカリと歯を出して笑う彼女のおデコを優しく撫でる。


 と、その瞬間だ。今の問題とは別にある事実に気付いた。


「……あ、もしかしたらどうにかなるかも」


 探すのを辞めると、それは見つかるという。

 こういうのをマーフィーの法則って言うんだっけ。

読んで頂きありがとう御座います

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