39 エミリー先生をギャフンといわせよう
─────ポロン・ポロロン。
軽い音が空気に溶け込む。
はじめはゆっくり目。徐々に調子を速くさせる。
そうして音は、『曲』という形になる。
今度は脚でリズムを取る。
─────タン・タタン。
そうしてボクは曲をやりたいように弾いていた。
言葉で書いてしまうと単なる自惚れに聞こえてしまいそうだが、そうではない。
自惚れるほど上手くはないからだ。
余計な身振り手振りも入れられないので、動作はリズムようの足元以外は静かなものである。
実はさっきの部分にも既に失敗が幾つかあったくらいだ。
それでも、完璧でなくたって弾くのはシャルの役に立てればと思ったからである。
打算的に言うなら、この辺は吟遊詩人が多い。だから弦楽器に合わせて歌っていてもそこまで違和感がないので、シャルの心の負担にはなり辛いということ。
本音を言うなら、弦楽器をバックに歌うのが、シャルに教えた歌に最も合うと感じたから。
シャルを可愛らしく、綺麗に見せたい。
これがボクにとってのやりたいようにやるという事だ。
「シャル。この辺はイントロだからボクが合図をしたら歌おうか」
「おうよ。了解なのじゃ、お兄様。信じるぞ!」
シャルの励ましが嬉しかった。
強めに絃を弾く。実際はやや低めにする筈だが、目の前の事しか見れない今のボクなら、寧ろこの方が良い。
シャルが歌い出すタイミングに合わせて、自分なりに規則から外れながら調節していく。
─────タン・タタタン・タタタン・タン。
よし、合図といこうか。
コンクリート製の地面を強めに踏んだ。歌声が響く。
「「~~♪」」
ボクが歌い出すのとシャルが歌い出すのは同時だった。
因みに合図と言うのは、地面を踏む事ではなく歌い出す事。
歌い始めについてきてくれれば、後は教えた歌をなぞるように歌うだけ。
そう思っていたのだが、ボクが歌い出すタイミングを察して歌い出すとは。
ボクの心を逆に読むとはやってくれるじゃないか。
そう思って彼女を見ると、得意そうな顔でドヤ顔を決め込んでいた。ボクは微笑んで頷き返す。
撫でてやりたい気分になる。
……と、いけないね。集中しないとね。ボクはリズムを取り直す。
「~♪」
あるパートに入ってボクは身構えた。
ここはシャルが何時もミスしてしまう意地悪な部分だ。この後は伸ばすのが正解なんだけど、彼女をはじめ初心者は伸ばさず、切りたくなってしまう。
だからこそ上手くいった時が栄える。そんな部分。
ボクは間違えないよう己の指をよく見て集中する。
故にシャルの姿が見えない今、読心術は彼女がどのような事を考えているかを教えてはくれない。
それでも、どうしたいかは解っていた。
「~~♪」
ほらきた。
やっぱり不正解の『伸ばさない』を選ぶよね。ボクもはじめはそうだった。
しかし、だからこそボクは心の底では思っていたんだ。
本当はこちらの方が栄えるやり方もあるんじゃないか。そう思ったんだ。
だからボクは考え続けてきたものを、弦で表現する事にした。
聞いてくれよエミリー先生、シャル。これがその答えだ。
この部分の背景となる曲調が変わると、何故か全体の雰囲気も変わる。
そこから繋げて元に戻しても同じことで、ボクはずっと今弾いた部分が、イントロとは違って曲の全体的な基礎を担っている部分と感じたんだ。
エミリー先生は少し驚いた顔でシャルを見た。しかし一瞬だけ考えて、ボクを見た。
あるよね、歌い手が普通でも背景の曲によって物凄く上手く感じる歌って。
プロが見れば一目瞭然だけれども、それはそれで構わない。
只々ボク程度の感性を持つ大多数に、シャルが可愛く映るように弾ければそれで良い。
人のあまりいない駅のホームだけれども、まあそれでも可愛く見えるならそれで良いじゃないか。
◆
それ以後は夢中でよく覚えていない。
ただ、気付いた時にはポツポツと、電車に用のある人が脚足を止めてボクとシャルを見ているのが、ボンヤリした頭で分かった。
途中、止めに来たのであろう警備員の人はエミリー先生がなんか言って「仕方ないですね」と中断されずに済んでいた。
最後、つい力が入ってしまい弦を力強く弾いてしまった。
あ、やべ。
思った瞬間、シャルが一回転して、楽しそうにそのミスに合わせる歌を歌って、ボクに平手を向ける。
八重歯がワンポイントの笑顔から声が出て来ていた。
「イェイ!お兄様。ナイス演奏じゃ、ハイタッチなのじゃ」
「……あ、ああ」
緊張が一気に抜けたせいか、膝から力が抜ける感覚がある。
それでもボクは最後の力を振り絞り、彼女の平手にタアッチした。
肌が叩かれ合う軽い音が響く。
「いえーい!はじめてのハイタッチなのじゃーっ!」
ボクとは対称的に疲れ知らずに飛び跳ねた。
その間、ボクはエミリー先生の座るベンチに腰掛け疲れを癒す。
取り敢えず楽器は返しておいた。
「どうじゃ、どうかやエミリー先生!参ったか!なのじゃ!」
「ぎゃふん」
「イエエエエエイ!なのじゃ」
エミリーは微笑みながら返答し、シャルは大袈裟に喜ぶ。
ボクはといえば、エミリーから貰った缶コーヒーでお疲れ様と労わられていた。
「まだ、このコーヒー持っていたので?」
「いや、警備員さんに渡していた試作品をちょっと預かっただけ」
複雑な気分である。
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