30 ストライクゾーンが広いボク
「そういえばエミリー先生って、シャルを知っているような口ぶりでしたね」
ボクが触れているのは、「成る程」とエミリー先生が呟き少し考えていた、あの時の事だ。
軽く流していたけど重要な要素なのではとふと思ったのだのである。
当の彼女は思い出したように手を叩く。
「ああ。アレね。
実は昔、学園都市のツテを使ってフランケンシュタイン家で研究者のバイトしてた事があってね。半年くらい。その時にシャルロッ……」
「シャルで良いのですじゃ」
シャルは長椅子に座るボクの膝の上に座り、フンス鼻息付いて修正を入れる。
「そう?ありがと。
でね、シャルちゃんのお母さんに何度か会っているんだけど、それがまたシャルちゃんにソックリでさ。君と並んでいるところを見た時、一瞬本人かと思ったよ。
服装と表情で別人だとは分かったけど」
あくまで研究者のアルバイトっていうディープな内容だからシャル本人とは関わりが無かったのは納得できた。
同時に引っかかる事が出来てしまった。
隣には瑞々しい肌でモチモチの頬の可愛らしい妹の顔。
突然視線を当てられた彼女は首を傾げる。
「シャルって何歳?」
「11歳じゃが、なにか?」
「ああ、いや。疑ってゴメン」
「はあ……」
よく分らないままに謝られて困惑しているのだろう。
でもケジメは大切なのだよ。
それはそれとして、学園都市のツテを使ってという事はエミリー先生がフランケンシュタイン家に来たのが学園都市卒業後。
18歳以後の筈だ。
そしてシャルの父は、ボクの父上の同期なので三十過ぎの筈である。
エミリー先生は現在21歳のお姉さん。
思い至った結論に対し、ボクは改めて彼女に聞く事にした。
普段の講義とはまた違った、危機感の混ざった好奇心を自身の手で感じる貴重な体験である。
「シャルの家庭事情は、本人から大体聞いてる。
でも、『シャルにそっくり』って事は、まさか面影とかそういう意味じゃなくて、本当に成長が途中で止まったりすんですかい」
「それは製作者の調整次第だね。
普通に成長する事も出来るけど、シャルちゃんのお母さんは外見だけそのままで、中身を好みにカスタマイズしたって人だから。
そういう訳で繰り返すような言い方になるけど、見た目だけならシャルちゃんとは親子というより双子の姉妹のような感じなんだ」
表情の変らないシャルを想像して、コレジャナイ臭を感じた。
やっぱシャルはこの騒がしくも愛おしいキャラクターだよなと思う。
「なるほどなあ。
というか、半年しか居ないのによくそこまで理解出来ましたね。エミリー先生の研究とは完全に別分野でしょうに」
「そこはほら、私ってば天才だし」
「自分で言いますか」
「疑わないだろう?」
「そうですけど」
エミリー先生はとても得意げで子供っぽいな表情を浮かべた。こういう時の彼女は雰囲気とギャップ差があって可愛らしい。
そう思わない人もいるかも知れないが、反論のしようがないので許されるのだった。
ボクはもっと深い事も知っているのではと聞いてみる。
「……シャルも成長が此処で止まったりするのでしょうか?」
「おやっ、その見た目のままじゃ不満かな?永遠の幼女なんて素晴らしいじゃないか」
ケラケラと皮肉気に笑い、顎に手を当て値踏みするような眼で此方を見る。
「いや、そうじゃないです。寧ろ好きですよ。
でも、シャルがこれから身体の変化で抱く想いだって、ボクは背負っていきたいのです」
「しかしそれは傲慢でもあるだろう。シャルちゃんの身体の秘密はシャルちゃんだけの物じゃないかな」
「その通り。ボクはワガママです。だから自分の傲慢も否定しない。
シャルはボクのモノだし、その心だって秘密だってボクの物にしたい。
身体だけで満足するような慎ましい生き方は出来ないのです」
ボクの膝に座るシャルは、赤い顔でモジモジと指を絡め黙って聞いていた。
下を向いていたのでよく表情は見えないが、とても強い羞恥の感情が読み取れる。ああ、かわいいなあ。
しかしと心の中で前置きし、意識をエミリー先生へ向けた。
「それはエミリー先生だって一緒です。貴女もずっとボクのモノにしていたい。
先生だって、ボクが大人になっても関係を終わらせる訳じゃないのでしょう?」
「……え?」
「なんだ、違うのですか」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
まるで予想していなかった言動らしい。天才でも理解出来ない事があるものだ。
「い、いや。そうなんだけどね。
只、なんというか。こんな事言われるのはじめてというか、アダマス君がちょっと……具体的には一日くらい見ない間に男の子らしくなったというか」
「ああ。前までのボクならそこまで踏み出さなかったかも知れない。
でも、お兄ちゃんになって、少しだけ変わったんだなと……思います。
自己判断だけど」
シャルの頭に手を置いた。
どうしていいか分からない様子だが、そのままで良いよ。今は居てくれるだけで十分さ。
後でそのコロコロ変わる感情の動きで癒してくれればいい。
そんなボクを見るエミリー先生はどこか嬉しそうだった。
「そうか。しかし君が私と同じ年齢になる頃、私の方が随分おばさんだけどそれは良いのかな」
「勿論ですとも」
「色んな意味で凄いね」




