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25 実際に食べてみよう

「マスクリームお待たせしましたー」

「わあい、なのじゃ。ささっ、お兄様もどうぞなのじゃ」


 ウエイトレスの声の後に皿が置かれた。


 皿は昔ながらの木製であるが、その艶と白さからテーブルの様な古さは伺えない。寧ろ新しささえ感じた。

 艶を出す油も見たところ新作のようだ。コーティング剤の役割を果たしつつも、やさしい木のぬくもりは消えていない。

 こだわりを感じた。好きで使っているんだろうなあ。


 さあ、食べようか。

 そう思った時に軽くウエイトレスが声を発した。


「うふふ。妹さんはお兄ちゃんっ子なのね」

「うむ!そうじゃろう、いいじゃろう。あげないぞ!」

「あら残念。ではごゆっくり~」


 空のお盆を持って去っていくウエイトレス。ニヤニヤするカウンター席の警備員。

 そんな中でシャルはとても誇らしげな表情をしていた。

 まあ悪意は感じないから良いんだけどね。ボクは仕方ないなと、視線を料理へ向ける。


 さて、マスのクリームパスタはラッキーダスト領に古代から伝わる郷土料理だ。

 一説にはパスタという料理が、麺の形(初期のパスタは捏ねた小麦粉を板状に焼いたもの)をする前から既に存在したと言われている。

 なので実のところ、我が領ではマスのピッツァやラビオリなども有名だがそこは割愛。


 基本的な材料はカメリアマス・クリームソース・パスタ・青菜(ほうれん草や菜っ葉など。他には最近発見されたブロッコリーという野菜を使う店もある。尚、この店ではほうれん草が使われている)と、随分簡単だ。


 それ故にクリームソースの配合やマスの目利きなどかなり奥が深い一品である。

 仕事や勉強の合間に料理を作ってくれる時もあるハンナさんやエミリーもこれを美味しく作るのは大変と言っていた。


 そんな事を考えるとシャルの声が飛び込んでくる。


「わあっ、美味しそうなのじゃ!お兄様、食べていいのかや!?」

「まあ、好きに食べて良いんじゃないかな。許可を求めるものでもないだろうに」


 思ったことを口にすると、カウンター席の連中はとても残念なものを見る顔でボクを見ていた。具体的には瀕死のハゼの様な顔である。

 え、なにかボク間違っていた?

 思っているとシャルは頬を膨らます。


「妾はお兄様と一緒に食べたいのじゃ」

「……ああっ、そういう事か!ゴメンよ。許してくれないかな」

「むうっ、どうしてくれようか。一緒に食べてくれるなら考えてあげるのじゃ」

「おおっ、それはありがとう!じゃあ、一緒に食べようか」


 肝心な時に役に立たない読心術め。

 環境のせいにしちゃいけないんだろうけど、今までこういう事が無かったから抜けていたな。


 ボクの似たように心の距離が近い人は思えば殆ど年上だった。ハンナさんもエミリーも、そういえばボクが食べる事に気を使っていてくれた気がする。


 そう思うと感慨深いものだ。

 昔、拗ねたボクがやっていた時に彼女たちがやるような大袈裟な素振りで応える。


 ボクはフォークで少し厚めに切られたマスの身を突き刺すと、クリームによく馴染むよう、広範囲に付けた。

 すべてが初めてな妹も不思議そうに後を追うように同じようにする。


「パスタから食べるよりそうした順番の方が美味しいのかや?」

「実は関係ないかな。

ただ、このお店はスモークサーモンじゃなくて普通の切り身を使っているから、なんとなく先に食べたくなってね」

「普通の切り身を使っているお店が少ないとな」

「どうもそうらしいね。

スモークすると旨味が凝縮される分、クリームに味が染みやすいから普通の切り身より失敗しにくいんだとか。保存も出来るからイクラの季節に組み合わせる事も出来るしね。

だから切り身で同じような味にするにはそれなりの技術が必要かな」

「ほへ~」


 ボク自身が下町に行ったことが滅多にないので、大部分がエミリーなどの下町に住む者の受け売りだ。ボクも食事の時間に同じ料理を出されたとき、同じ質問をしたものである。

 シャルの純粋な目に少し罪悪感が浮かんだ。


「まあ、だからこそマスそのもののふんわりとした美味しさがある。特にこの時期はね」


 ボクのフォークの先には、パスタの中でも特に大振りな身にたっぷりと十分すぎるほどクリームが付いていた。

 それをシャルの口元へ運んでいく。彼女はゴクリと唾を飲んだ。


「許してくれないかな」

「……ま、まあ許してやるかのっ」

「そりゃよかった。じゃあ、あ~ん」

「あ~ん」


 桃色の身が刺さったフォークを口の中に入れてパクリと咥えさせる。

 そしてなんとも言い難い表情で咀嚼して一拍。

 次の瞬間現れたのは、花が咲くような満面の笑顔である。八重歯がかわいい。


 同じようにしていた彼女は、ボクの口元にもマスを運んできた。


「お兄様もあ~んなのじゃ」

「了解。あ~ん」


 舌でクリームと旨味の溶けあった味わいに舌鼓を打つ。なるほど、これはパンフレットで紹介されるだけあるな。

 思っているとシャルが恐るおそる聞いてきた。


「どうかや、お兄様」

「ああ。美味しいよ」


 笑顔で言うと彼女は嬉しそうにするのだった。

 実はフォークでの「あ~ん」は喉に刺さったりするから、良い子はマネしちゃだめだぞ。ボクは読心術とハンナさんの訓練でどうにかなるけど。

読んで頂きありがとう御座います

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