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21 パスタ屋さんに決定

 金属管が幾つも並ぶ通りに沿って、煉瓦造りの建物が並んでいた。

 管は総じて建物へ繋がり、躯体に取り付けられた剥き出しの歯車がキリキリと回っている。


 そんな通りをパンフレットを片手に、何気ない雑談と共にボクらは歩く。

 件のお店は湖の広場から近い、この『グルメ通り』にあるらしいのだ。とはいえ無言も辛いもの。まあ雑談でもひとつ交わす。


「妾のお母様はな、お父様の『理想の女性』として作られたらしいのじゃ」

「理想……理想かぁ……。それはまた主観で随分差が出る人だったんだねぇ」


 話題は先ほどのシャルの家庭についてである。

 このタイミングを逃したらもう聞けない気がして、何となくのフリをして聞いておく。


「うむ。顔は妾にそっくりじゃった。

だが束縛せず、否定せず、何をされても拒まず……そんなコンセプトを詰め込まれた人だったらしいのじゃ。

だから妾はお母様の表情の変化を見た事が無いし、お父様はお母様に夢中だから妾に笑いかけられた記憶もない」

「難儀な家庭だなあ」


 ボクの母上が聞いたらどうなるか。

 きっとシャルの父親に容赦なく「うわぁ……」とか言いつつ物凄い嫌そうな顔をしそうな顔をするんだろうなあ。母上って知っているのかなこの事。


 まあいいや。

 シャルに色々体験させてやろうと決意を新たにする、アダマス・フォン・ラッキーダストの今日この頃なのである。


 見回せば全ての建物に看板が掛けられていた。

 描かれているものもライスやピッツァ、シチューに酒に紅茶にアイスクリームにトンカツ定食等々、パンフレット以上にカオスなバリエーションを主張している。


 というのも最近は乞食もチンピラも新聞を読まなければ生きられない時代となってきたためか、貧困層の識字率も上がってきている。

 読まなくて良いのは猫や杓子くらいだろうか。


 看板のほぼ全てが文字入りで、文字自体もひとつの絵画と思えるほどにかなりの色彩や表現法が使われているのである。

 だから通るだけでも近代的な絵の並ぶ絵画展のような趣きがどの店に入るのかを楽しませるウインドウショッピングの気分にさせる。


 そんな大衆的な中で取り残されたようにポツンと地味なものがあった。

まるでスペースを埋める為だけに作ったオブジェクトにも見えるソレは、よくよく見れば小さなパスタ屋だ。

 木製の看板へ、幾何学的な絵柄のパスタが描かれていて、それ以外のものはない絶滅危惧種といえよう。


「いや、そうでもないか」


 看板に気を取られていたが、パッケージングされたパンフレットの1ページが釘で留められている。

 それは目の前のパスタ屋が紹介された記事。

 即ちシャルの握っているパンフレットと同じもので、未だこの古臭い店が『口コミのお店』としてやっていける事を示していた。

 彼女は安心して店のドアノブに手を触れたが、恐るおそる声に出した。


「のうお兄様……ここって話題のお店じゃろ?もしも混んでいたらどうしようかの」

「その時は、まあ良いんじゃない?また別のを探せば良いだけさ。なあに、パンフレットが全てじゃない」

「う、うむ!そうじゃの!」


 ボクはシャルの手に己の手を重ねる。包む。

 そうして二人の力でドアノブを握り、開いた。古いドア特有の「ギイ」という音がするが、これも味の一つと感じれば一興である。


 ◆


 ドアを開け切って見えた店の中は、意外と空いていた。そして意外と広い。


 窓際に四角く分厚い木製のテーブルが四つ。それにカウンター席がある。

 そのカウンター席で、他の客はパスタを食べていた。空いているのは案外カウンター席で皆が済ませてしまうというのもあるのだろうか。

 そんな事を思っていると中年のウエイトレスがエプロンで手を拭きながら此方へ寄ってきて、やや声高に聞いてきた。


「はいはーい、いらっしゃいませー」

「む。ええと……」

「あら、緊張しちゃっているのかしら」


 シャルは箱入りな気質のせいか緊張で声を出せていなかった。そういえば小料理店に行くのも生まれて初めてなんだろうなあ。何を言えば良いのか分からないのかも知れないね。

 だからせめて、ボクは彼女の口になろうと思う。外向きの笑顔を作って頭を下げた。


「はい二名です。すみませんね、コイツ妹なんですけど、上がりやすいものでして」

「構いませんよー。それにしても、しっかりしたお兄ちゃんね。何歳かしら」

「十二になります」

「あらあら、ホントにしっかりしてるわぁ」


 そうしてウエイトレスはボクの頭をガシガシと撫でた。パワー籠っているところが実に下町だ。


「迷惑でなければ窓際の席を使わせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか」

「そんな畏まらなくたって良いわよぉ。こちらになりますねー」


 と、言いながらテーブル席へ案内される。

 テーブルは大分古いのだろう幾つかの染みが見えるが、それよりも手入れの跡が際立って不潔感はない。

 こういうのも詫び錆びというのだろうか。物珍しさもあってか、ボクは結構好きになれそうだった。


 そんな事に気を回す余裕もないのか、シャルは目の前の申し訳なさそうにする。

 ボクは口の端を上げた。


「別に気にする必要はないよ、はじめてなんだし。笑い飛ばすのが此処の流儀さ」

「そ、それもそうじゃの!」

「そうだ、ちゃんと笑うんだぞ。あっはっは」

「……ク、ククク。その、こうでも良いかの?」

「ああ、上出来さ」


 ちょっと無理して何時も通りに笑っている感が強い。

 そういう気分の時はご飯を食べるのが良いよね。

読んで頂きありがとう御座います

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