リーラ・エブレサック 5
カイエンが好きだ。どうしようもないぐらい好きだ。この気持ちは偽りなく、ただ心に刻まれている思い。
ずっと、ずっと、毎日、本当に周りから見れば信じられないぐらいに私はカイエンの事を考えている。
基本的に親しい人以外には興味がないのは、両親に似たのだろう。お母様は優しいけれど人をそこまで大切に思わず、お父様はお母様第一で、他人に無関心であるし。
大切な人だけ特別で、その人に執着してしまう性質は両親双方に似ているのだろうなと私は思う。
最近の私は、時々不安定になってしまう。
カイエンが私以外のものになってしまう事を考えて。恐ろしくて、怖くて。
私は、カイエンが――――。
そんな風に考えていても、私は笑みを張り付ける。本心を隠して微笑むなんて、貴族社会ではよくあることである。
私の笑みは、お母様の真似をしている。憧れのお母様。私の、目標とするお母様。お母様の事、心の底から尊敬している。お母様の事が私は大好きだ。
お母様とお父様を、仲が良い二人を見ているからこそ、私は貴族でありながら好きな人に愛されたいという夢を見ているのかもしれない。高位の貴族の間では、政略結婚なんて当たり前の事なのに。そんなこと、知識としては知っているのに。
それでも、私は結婚するならカイエンがいいって思う。ううん、我儘なんだと思うけど、カイエン以外と結婚したくないって思う。
「---リーラ、どうした?」
考え事をしながら歩いていたら、学年の違うカイエンが向かい側から歩いてきて、私に問いかけた。
私がいくら取り繕っていても、カイエンは私の事がわかる。
私が、カイエンがいくら仮面をかぶっていてもカイエンの事がわかるように。
そういう些細なことが嬉しいと思う。カイエンが私の事をわかってくれていて、私がカイエンの事をわかっているっていうのが嬉しい。
「カイエン」
カイエンの名を呼ぶ。呼んだらカイエンの瞳がこちらを向いて、ずっとその瞳に見つめられたいと思った。
周りには廊下を移動していた生徒たちが居る。彼らはこちらを見ている。
カイエンも、私もこの学園内でそれなりに有名人だ。今、最も注目を浴びているのはフィルベルト・アシュターとアルトガル先輩だけど。あの二人は婚約をして、いつも一緒に居るから。
良いなぁって思ってしまう。私もカイエンと、恋人になれたら、婚約できたらって。
そんな願望が確かに私の中にはあって、どうしようもないほど愛されたいって願ってしまう。
「カイエン、あのね」
私は、カイエンが欲しい。
カイエンとずっと一緒に居たい。
そのためには怖がっていちゃいけない。
私は踏み出さなければならない。カイエンの事を、本当に自分のものにしたいっていうのならば。
「話が、話があるの。聞いてくれる?」
改めてそういうのは緊張して、だけれども色々と焦っている私は、カイエンが誰かのモノになってしまうことに恐怖しか感じられない私は、そう口にした。
私のモノになって。
他の人なんて見ないで。
私だけを、その瞳に映して。
なんて、そんな独占欲に満ちた願望。
私の心をずっと蝕んでいる、そんな感情。
引かれるかもしれない。けれど、私は。
カイエンが欲しい。
カイエンが、他の人のモノになるなんて嫌だ。
我儘のような感情。私の独りよがりかもしれない感情。
でも、そんな感情がずっと私の中で渦巻いている。
「……話? 別に良いが」
カイエンは、不思議そうな顔をした。私が思いつめたような顔をしていたからだろうか。
私は、カイエンの事となると冷静で居られない。私やシエルの事、周りは冷静で天才とか称すけど、私はカイエンの前ではそんな風な私ではいられない。
カイエンと一緒に二人になれる場所へと歩く。
授業はあるけど、カイエンは風紀委員長としての特権があるし、私は授業にちょっとでなくても問題がないぐらいの成績は収めている。
人気のない中庭にやってきた。
カイエンと私しかこの場にはいない。二人きりっていうのだけでも嬉しい私は重症だろうか。
「それで、改めてどうしたんだ、リーラ」
「そのね、カイエンは、ノーヴィスさんの事好きなの? いつも追いかけているから」
自分の気持ちを口に出来ない私はそう問いかけてしまった。これで好きだと頷かれてしまったらどうしようか。私は正気でいられるだろうか。不安ばかりだけど、聞いてしまった。
「ん? ノーヴィスの事は面白いとは思っているが。是非、風紀に入ってほしいものだ」
カイエンは不思議そうにそう告げた。
ほっとする。カイエンが、私に嘘をつかない事を知っているから。私とか、シエルの前では心を許してくれているのを知っているから。
「そっか」
「リーラ?」
安心したように息を吐く私に不思議そうな声が上がる。ああ、カイエンが私を見ている。私がどうしてそんなことを言うのだろうって不思議そうに私を見ている。私に、関心を持ってくれている。
嬉しい。それだけで、どうしようもなく胸が痛い。
「あのね、カイエン。私は、カイエンの事大好きだよ」
カイエンは私の前では、昔から変わらない。
カイエンは、私を少なからず特別とは思ってくれている。
告げたら、カイエンは私から離れていくだろうか? そんな不安はあった。だって私の思いは重いから。でも、それでもカイエンが欲しかった。




