第五十話 昔は医師と薬剤師の区別はなかった話
題名通りです。
一人の知識人が医師と薬剤師を兼ねていました。患者さんを診たてて薬草を選別して作る。薬は全部天然性です。今のように人工的に作り出して保存が効くように人工的にカプセルに詰めたり錠剤を保護コーティングしたりしません。
その人のためにだけ薬を取り出して、時には自ら栽培して採取、乾燥させて粉にしたり煎じたりするのです。助手ぐらいはいたかもしれませんが、基本一人でやっていました。現在のように医薬分業といって受診する場所と薬を受け取る場所が離れたのはごく最近です。
また医師、薬師という名称はあったもののあやふやでした。それどころかもっと以前には詐欺師まがいに軽蔑されていた時代まであります。
詐欺師……この薬を飲むと必ず病気がよくなる、延命できるというのです。それでちょっと調子がよくなればお金が入るしだめなら天命なので仕方がありませんと逃げます。
星占いにもかかわり、この月日生まれでこの星の運びならば病気はあと三年続くでしょうと宣言したりします。宮廷に出入りできるぐらい優秀な人は、教養もあり術が駆使できる陰陽師としてその方面の知識も豊富にあったでしょう。
巷の庶民向けに巡業する医師もしくは薬師にあやしげな強壮剤を売る輩もいたらしく像が残っています。軽蔑されていた時代はいずれも戦乱の時期です。人の命は現在よりも軽かったのです。もし何かでケガしたり刺されたらその傷の具合でそこまでだと思いきれたでしょう。現在のように救急車や病院なんかなかった時代だったらハナから延命の概念すらなかったでしょう。止血ぐらいはしたでしょうが、動物のように諦念し死をむかえるか苦しみもがいて絶命したでしょう。家族で知識のある人でも遠く離れた病人を案じながらも星の動きからああ、もうだめだ、と観念したでしょう。
そんな時代です。人間の命が軽かった時代……現在でも紛争地域や未開地域ではそんな場所もあろうかと思います。
私が今住んでいるこの日本は非常に恵まれていて他国からはそのシステムや豊かさ、平和さ平坦さ文化の爛熟を羨まれています。事実どのような状態であっても救命延命第一というシステムの浸透は我が国が一番ではないでしょうか。それは誇りに思ってもよいかと思います。




