第三十六話 薬剤師の震災話・その五・緊急事態における愚痴編
腹がたった話もする。
東日本大震災でもそうだったと思うが、医療奉仕にかかわるコーディネーターが当時でももちろんいた。もちろん公的な職員だ。現地に赴いて着任してからの地域、医療拠点への人員配置のふりわけの仕事などはその人がしたと記憶している。男性だった。もちろん彼一人の仕事ではないと思うが私が赴任したその期間は彼が采配していた。
最終日の朝、また水上警察の同じ船に乗って帰ろうとするときの待ち合わせの広間。出発時と同じメンバーで顔をそろえたが、部屋のすみに見知らぬ女がいる。若い女性だがどうも医療職でもなさそうな? 顔も伏せていて顔を覚えられないように、目だたぬようにしているように見受けられる。名札も公的な支援物質を入れていた荷物もなにもない、私的な荷物でさえもなかった。
ただポツンと座っていただけだ。
現地に泊りっぱなしというコーディネーターというか、その当の男性は忙しそうに電話をかけたりして部屋を出たり入ったりしている。私たちと入れ替わりに来るまた違う医療ボランティアの受け入れ調整をしているのだろう。
私の前に座っていた男性たちが言った。
「……あの電話しているあいつな、今だけ忙しそうだろ? あいつ、昼も夜も不在だったんだぜ? 特に夜はいなかったんだぜ? あの女どこから呼び寄せたのかはしらんが、一緒にどこかにしけこんでいたみたいだ。特権で女を呼び寄せて特権で今度はその女をぼくらの船で一緒に帰すようだぜ?」
あいつ、と呼び捨てにされたコーディネーターと同じ部屋割だった人が教えてくれた。単なる推測で言っているのではない。心底呆れて怒っておられた。その会話を聞き付けた看護師も「まあっ」とささやいた。……震災のどさくさにまぎれてあくどいことをした人もいるが、公的な仕事をしている公務員にこういう人がいた。公務員の名折れじゃないかと思う。
皆の視線を受けてその女は身を縮めた。気の弱い人だったのだろうか、顔も絶対にあげなかった。しかし皆が汚れても良いパンツ、シャツ、リュック姿なのに一人だけ短いスカートにローヒールでは目立つ。ハイヒールでなかったのは彼女なりに危ないという計算があったのだろうが、ミディアムのサイズで髪もくくらず流している。この状況で膝が丸見えでストッキングをはいていたら逆に目立つのだ。オンナオンナしすぎる。必要最低限のリュックサックも持たない小さな革のバッグだけが持ち物だったら医療救援隊でも何でもない人だというのは明らかだ。一般の人は神戸立ち入り禁止の状況なのに、今からデートに行くような格好だとこの場合明らかな不審者になるのである。
看護師の一人が「ねえ、あなたは一体今までどこにいたの?」 と聞いたがうつむいて首を振るだけだった。待合室は白けた雰囲気になった。かわいそうなのはその女で、どういう経緯で、こういうがれきだらけのところに呼び寄せられたのだろう。夜はどこで泊ったんだか、便利な女扱いされて普段からいいように扱われた女だろうと推測する。
彼女はどうみても普通の女性で風俗にかかわる人でも医療職でもなかった。その彼に身体だけ目当てに呼ばれたのだろう、だれが見てもそういう推測が成り立つ。自分がいいように扱われているのがわからないおバカな女性だったのか、だが誰がみても非常識なふるまいができる男になびく女ってのはそういうものか? 男のいいなりになってエッチだけの目的で来たのか……。
まわりの被災者の状況みてほしかった。医師や看護師たちの仕事ぶりも見ていたはずだ。女呼び寄せて遊んでる暇あるかよ、この税金泥棒! と今でも言いたいです。
私たちは忙しかったし糾弾なんかする余裕なんかない。
でもそのコーディネーターには心底腹がたつ。もう何年も前の話なのに鮮明に覚えているのでここに記録しておく。
それと三宮の連絡所の一角に不用品置き場があった。段ボール箱に赤や黄色のものがちらちら見えるので何だろう? と近寄って見ると薄汚れたアンパンマンのぬいぐるみだった。汚れていて破れたままの子供の服が詰められていた。
被災者への救援物質はいろいろな善意ある一般の人たちから段ボールに詰めて届いたがゴミを送った人もいたのだ。
私はそのことを送迎してくれた人に聞くと困った顔をした。一応善意の物質なので置いてあるけど、要らないものを送ってもらったって被災者にもいらないよ。見下げるのもね、いい加減にしてほしいよねとおっしゃった。
あとで新聞を見るとそのことも書かれていて、ひどい時は明らかに使用済みのウェディングドレスを送ってきたとか。
自分には捨てれらないゴミを、被災地にかこつけて使ってもらおうとしたのだろう。被災者にもプライドがある。誰が大事な家族、子供に洗濯もしていない汚れた服を着せますか? あきらかに壊れていて電池が必要な音が鳴るおもちゃで遊ばせますか? 捨てられたアンパンマンやうさぎの人形がかわいそうだけど、誰も使わず使われず被災地の公費で焼却処分されたと思う。
日本にも昔から火事場泥棒という残念な言葉があります。つまり火事のような人が困っている現場にかこつけてどさくさにまぎれて物を盗む人がいる。この場合は逆のように思えるけれど心理的には同じく火事場泥棒だろう。家も不用品がなくなってすっきりしたし、神戸の被災者たちも私たちの善意を受け取って活用していただけてうれしいわ、ですね。自己満足にもほどがあります。恥というものを知ってほしいです。
私が直に聞いた話で、一番喜ばれた援助物質の話をする。
震災があった最初の休日に一般幹線道路は通行禁止だったが行けるところまで車で行ってあとは徒歩で何時間もかけて見舞いに行った話。その時はお水とろうそくとマッチとカップラーメンを持てるだけ持って行ったそうだ。それと見舞いの気持ち。壊れた家の片づけの手伝い。もちろん家の人の指示に従って。いらないと言われたらさっと引っ込む。
それだけ。
被災したら心からお見舞いするというその気持ちが被災者の心を温めるのだ。




