82 誕生日でした
昨年の誕生日はようやくマルシュでのミユとの生活が落ち着いてきたところで、特に何をしようという気にもならなかった。
今年は……朝から台所に立たされています。
『セレ、ここに、ここにもっと粉砂糖をかけてくれ!』
「へーい」
私は二段重ねのチョコレートケーキを作らされている。何度も言う!私の誕生日だ!ルーの誕生日ではない!
「フィオちゃん、その豪勢なウエディングケーキ、一人で食べるのかい?」
ウエディングの予定ねえし!
はっ!またしても、ヨーコさんに残念な目で見られてる!しまった。ヨーコさんにはミユは見えてもルーは見えないんだった!お祝いごとを自分一人で祝うボッチと思われてるーーー!
私は無駄な疲労を募らせて、大ハシャギのルーと自室に戻った。
『よっしゃあああああ!セレ!おめでとーう!!!』
バフン!
ルーは私の返答も聞かずに、ケーキにダイブした。
「ルー、おいしい?」
『…………』
「息できてる?」
『…………』
まあ、ルーと誕生日を過ごせるだけ、幸せだ。
私は……悟りの境地でお茶を飲む。
さっき届いたエリス姉さんの手紙を取り出しもう一度目を通す。今回も気高いキラマ様のお姿で飛んできた。
『セレフィー、お誕生日おめでとう。
先日久しぶりにジュドールに戻り、エルザ様の元を訪ねました。
エルザ様に、セレフィーがマルシュで元気に過ごしていること、聖獣様と合流したことを伝えると、ホッとしておいででした。お父上にも間違いなく伝えるとのことです。
セレフィーに聞いた出奔の過程をお話しすると、コダック先生から聞いていた話と重ねながら頷いていらしたわ。
今後もエルザ様直々にセレフィーと連絡を取るとセレフィーの居場所がバレる恐れがあるため連絡はとらないって。
私とエルザ様とのパイプは誰もが知っていること。私がトランドル邸を訪れることはそうおかしい事ではないでしょう。
私とセレフィーの仲も秘密ではないけれど、聖女として、忙しく飛び回る私がたった今もセレフィーと連絡がつく仲だとは、今はまだ、気付かれてないはず。
さすがにグランゼウス伯爵とお会いするのは憶測を呼ぶので無理だけれど、急がない近況報告であれば、エルザ様にお伝えできるからね。
セレフィーのこの1年に幸あらんことを。
あなたの生涯の友、聖女エリスより』
「自分で聖女って言っちゃってるし!」
手紙をたたみながら幼い頃の、グランゼウス領での誕生日に思いをはせる。
外は雪の中、私をひざの上に乗せたお父様とおばあさま、エンリケ、マーサと一緒に、マツキのケーキを食べながら、お兄様からのプレゼントである魔法を使ったマジックショーを見る。雪だるまが歌ったり、踊ったり、最後にアイスになって口の中に飛び込んできたり。アニキが私の手を取り立ち上がらせてワルツを踊り、私をクルクルと回すと私のドレスの色がクルクルと変わった。
私はみんなに素敵!ありがとうと抱きついて……
ああ……幸せな思い出ばかり……
私の感謝、遠いジュドールに届くだろうか。
「あ」
懐かしい魔力の出現!
私の小さい部屋が光で満ちる。
「アス!」
『……なんだこの見苦しいナマモノは……』
はい毒舌!はいご本人でーす!
私はジタバタするルーを無視してアスに抱きつく。
「アス!アス!久しぶり!」
『セレ……会いたかったぞ』
「私も……うううっ、やっと会えた……」
やだなあ……私、最近泣いてばっかり。
アスのポカポカしたお日様の匂いを吸い込む。
私はマジックルーム〈冷凍〉からアイスクリームを出す。バニラとチョコのマーブル。いつアスが現れてももてなせるように作って待っていたもの。
『セレ、寒い冬にアイスとは通だな!』
そうなのそうなの。学生時代もそう思った。
アスはモフサイズになり、パクパクと幸せそうに食べる。
「アス、私のために神罰を受けたって聞いた。ごめんなさい!」
『もうこのやり取りはルーと済ませたのだろう?こう言う時は何と言う?』
「アス……ありがとう。大好き」
『正解だ』
『おい、無視が甚だしいぞ!』
ルーがようやくケーキ天国から帰ってきた。
「アス、ずっとアスを不在にさせて、ギレンは怒ってない?」
『その件では怒っていない。すぐにセレを救えない自分の自由ならざる身に憤っておった』
「もう大丈夫だからって伝えて。そしてありがとうって。ギレンの魔力に護られてるってわかる瞬間が何度もあったの」
ルーが戻ってからは消えたな、そう言えば。
『セレの心が平穏を取り戻したために、引っ込んだのだろう』
ギレン、怖い顔に似合わず繊細な魔法かけるのね。
「ジュドールの様子わかる?」
『ギレンの人使いが荒くて、まだ一度しか飛んでないが……セレの父親は眉間に深いシワを刻んでおった。話は通じぬが我が顔を出して問いかけられる質問に頷き返していると……号泣しておった』
ああ……お父様……ごめんなさい……
『セレ、アイザックは全て分かっておる。いつか必ず会える』
ルーが私の頭をポンポン叩く。
『相変わらずグランゼウスのケーキは美味しかったぞ!』
『アス!おのれえぇ!!!』
私のシリアスムード返せ!
『ところでセレ、誕生日おめでとう』
『ほう、狙って今日来たか?』
「アス、ありがとう!」
アスが私の膝に飛び乗り、額にキスを落とす。ジワっと……温泉のような温もりが……指先まで伝わる。
魔力だ!
「アス!私に魔力の譲与なんていいの?」
『友だからな。プレゼントだ。それにこれで我はセレを見つけやすくなった』
『おい、使役されていながら、勝手に他の人間に魔力を下げ渡すなど……はあ、相手がセレならギレンも許すか』
『ルーとミユの魔力だけではバランス悪かろう?』
いや、聖獣三匹の魔力ってヘビー過ぎるし!
『アス、仲間ハズレが嫌だったんだろ?』
『ノーコメント』
『ひょっとして、セレが16歳になるや迎えに来たのか?』
ルーが片眉を上げる。
『花嫁くらい自分で迎えにくる甲斐性がなくてどうする?ギレンはギレンのタイミングでやってくる』
「待って?ギレンはまだ私を……私との結婚を考えてるの?」
最後に会ってから二年。二年は……長い。
それに状況が変わった。命を狙われ潜伏し、来年生きているかわからない女に価値があるとは思えない。
『セレ、それはいくらなんでもギレンが気の毒だ』
「だって……」
前世……ガードナー王子に婚約破棄された。婚約から十年以上も私だけを大事にすると言っていた人に見捨てられた。淡い恋を踏みにじられた。
女である私を必要とされることなど、私にはないと身に染みた。
今世、何度か男性に心を寄せられているのではないか?と思うときもあった。
でもあなたもきっと、最後は私を選ばないのよ。
手のひらを返すように、冷たい視線を投げつけるの。
私が女として愛されるわけなどないのだから。
私はその度に自分を笑い、浮ついた思考を振り切った。
ギレンに忠誠は誓えども、そっち方面は一生懸命期待しないようにしてきた。ギレンの私への想いは同士、戦友のようなものだと、勘違いするなと戒めてきた。
裏切られたとき、傷が浅くてすむように。
恩人のギレンだけは、恩人のままいて欲しかった。
恋人、婚約者、結婚、一度夢を見せられて、裏切られたら、私は次は断罪を待たずして死ぬだろう。
『ギレンを信じられないか?』
「……恋を信じられないの」
積み重ねてきたものなど無意味で、あっさり、心変わりして、憎まれた。
『ギレンは信じられるのか?』
私は少し考えて静かに頷いた。
『ふふ、それで十分。ギレンも似たようなものだ。共に成長するといい』
アスは微笑み、再訪の約束をして、飛び去った。
私は急に心許無くなり、ルーにしがみついた。




