79 神送りの儀で泣きました
『セレちゃま……』
ミユの声が大人の女性のそれに聞こえる。
「ミユ……キラキラしてる!とっても美しいよ。ミユの真っ直ぐな生き方がキラマ様に認められたってことだね。おめでとう」
私は大きくなったミユを見上げながら声をかけてみた。
『セ、セレちゃま!私、頑張るから、見捨てないで!』
「は?何言ってんの?ミユは東の四天になったんだよ!見捨てるとか、意味わからん?」
『じゃ、じゃあ、私と〈契約〉して!お願い!』
「契約?」
『契約しなくちゃ、セレちゃまがどこにいるかわからない!セレちゃまのピンチに駆けつけられない!私がセレちゃまより弱いのはわかってる。でも!でも!私はセレちゃまにお仕えするってずっと、あの日から決めてるの!」
契約?って私、できるの?ルーと既に交わしてるのに?ってそれよりも、
「ミユ、私のピンチに駆けつけられないって、どっか行っちゃうの?」
『次期様はしばらく……最低数年はこの聖域でお過ごし頂くことになります。新たな身体と知識を馴染ませなければなりません』
レンザが答えてくれた。
「そっか……」
私は一人になるんだ。
……ダメ、ミユの足を引っ張っちゃ。寂しいなんて言っちゃダメ。ミユは小龍様と離れてずっと私に付き添ってくれた。感謝こそすれ、寂しがるのは間違ってる。
一人が怖いなんて……ワガママだ。
「ミユ、東の四天修行頑張ってね。レンザくんの言うことよく聞くんだよ。たまには私、遊びにくるから。いい?」
ミユからブワッと威圧が放たれる。私の短い黒髪が後ろに飛ばされる。
『たまにじゃイヤだから、〈契約〉してってお願いしてるんです!!!』
そういうと、ミユは自分の身体の鱗を一枚、咥えてビリっと無理矢理引き剥がした。じわじわと血が滲み出る。
「ミユ!」
私が慌てて癒そうとすると、
『セレちゃま、私の血を含んで!私は既にセレちゃまの血はもらってる』
私がケガすると、いつもミユはチロチロ舐めてたな……
私はオロオロと助けを求めて辺りを見渡す。するとピクリとももう動かないキラマ様の声が頭に響く。
『〈契約〉してやればよかろう?』
「でも、私はルーと!」
『別に一時に複数の聖獣と契約してはならぬという決まりごとなどない。これまで複数の聖獣に愛されるヒトが居なかっただけのこと。ミユの望み叶えてやれ』
……神に逆らえるわけがない。私の中の迷いも消える。
血を流しながら私を見つめるミユ。ルーの時も自傷した傷から血を受け取ったなあ。私の愛する聖獣達は……強引な子ばっかりだ。
「ミユのこと、妹だと思ってる。大好きだよ。これからもよろしくね」
『セレちゃま……セレフィオーネ様に改めて我が忠誠を捧げます』
ミユの傷にキスをする。鉄臭く、でもどこか花の香りがする薄い血を舐める。
私とミユの身体に大きな光の輪が降り注ぎ、私とミユを結びつけ、お互いの体内に消えた。
『めでたき、かな』
キラマ様が祝ってくれた。
◇◇◇
ミユの止血も済んだ。
代替わりも無事に済み、いよいよ神送りの儀だ。
レンザくんがまたスルスルと這い出して、キラマ様のいる丸い円陣の外を大きなひし形で囲む。四つの頂点に再び複雑な紋様を描き、曼荼羅のような世界が広がる。
レンザくんはスルスルスルと、中央のキラマ様の元に赴き、何事か呟き、涙を流し、陣の外に出た。
『次期様、所定の位置へ、そして契約者どのお力をお貸し願えますか?』
「喜んで」
『北の頂点に立ち、巫女の祝詞が始まりましたら、キラマ様に感謝の祈りを込めて、魔力を放出してください』
私はひし形の北側の頂点に入る。キラマ様の背中を仰ぎ見る。陣の中は怯えるほどの清冽なパワーで満たされていた。
ミユも同時に……東の頂点に入った。
そしてエリスさんが陣の外で、この地の木の枝と花を両手で捧げもった。
『キラマ様!』
『……皆、息災でな』
キラマ様は最後の力で片目を開けてニコリと笑い、目を閉じた。
エリスさんが澄んだ少し悲しい声色で朗々とお別れを惜しみ、これまでの大きな愛への感謝を唱いあげる。それと同時に私とミユはマックスでキラマ様に魔力を送り込む。
『なんと……二人、息ピッタリだのう。契約者よ、ルーとミユがお前から離れぬわけがようわかった。何と優しく清らかな魔力…………』
「キラマ様……」
短い出会いだったけど……キラマ様めっちゃカッコいい!大好きです!生涯……忘れません!
私は涙を我慢しながらますます想いを込めて魔力を注ぐ。
エリスさんの声にレンザくんの声が重なる。
ひし形の陣が真っ青に天に向かって眩く光り、紋様のままの青い柱が立つ!
ズン!!!ズン!!!
膨大すぎる魔力が二発、隕石のように降ってきた!
照明弾のように空間が真っ白になり、辺りが見えない!動揺すると、
『中断してはなりません!』
レンザくんの声が響く。
私は何も見えない中、両手をかざし、魔力を放出し続けて……
よく知ってる……ずっと夢見てた魔力が……すぐ側に……ある。
光が徐々に収まって……
「あ………」
私の右隣の西の頂点に……ルーが。
私の正面の南の頂点に……アスが。
変わることなき神々しい姿で鎮座していた。
『キラマゲルド、永きに渡る使命、お疲れ様でした』
『キラマゲルド、感謝する。また会おう』
『ふふ……見送り大義。アス、ルー、ミユ、後は……よしなに』
ルーとアスの加わった四方からの魔力と聖女エリスの祝詞が一つになった瞬間、
キラマ様は…………召された。
空っぽになった円陣の中を見る……視線を横にずらす。
私の白銀がいる。
成獣サイズのルーがコテンと首を傾げる。
『セレ?』
「夢なの?」
ルーは陣から出て、ジャンプすると同時にピカッと光りモフサイズになり、私の肩に乗っかった。
私を覗き込み、いつのまにか流していた涙をペロリと舐める。
『泣き虫になったのか?セレ?』
「………う、うう、うう、るー、るーぅううう!」
ルーの首筋に顔を埋める。本物だ。ルーの清廉な香りだ!私のモフモフだ。
『セレ、ただいま』
ルーの瞳は安心の水色。
「ううっ、おかえり、るう……」
私はルーをぎゅっと抱きしめて……ようやく本来の自分を取り戻した。




