77 レーガン島に再訪しました
私はエリス姉さんを引き連れレーガン島に向かった。氏神様の大事に間に合わないとマズイので、タブチさんに馬を借り、ハイスピードで駆ける。
エリス姉さんはドレスを脱ぎ簡素な旅人スタイル。昨日はベールで気がつかなかったけど、おばあさまの髪留めで豊かな黒髪をポニーテールにして、騎士らしく私と同じスピードで並走する。聖女のお付きの神官ははるか後ろだ。
スピードを落とさずに私達は話し続ける。防音魔法を念のためにかけて。
まず、レーガン島の氏神様がエリスさんの祝詞に見送られて黄泉に旅立つことを希望していること。
そして、あの蒸し暑い午後、騎士学校でシュナイダー殿下から自分の陣営に入るように勧誘されたが、それを断ったために攻撃を受け、命からがら逃げてきたこと。ほとぼりが冷めるまで、マルシュに潜伏しているつもりであること。
転生や聖獣については省いて話す。私の口からルーはともかくアスやタール様のことをみだりに話すことはできない。
「そうだったの……全くの予想外だわ……」
「殿下や軍は私の不敬を発表しなかったのですか?学校という場所が場所でしたので、結構な目撃者もいたはずです」
「学校側は生徒達に『何でもない』『詳しくはわからない』で押し通したそうよ。セレフィーが魔法師に追いかけられているのを見た学生達がそんな説明で納得するはずはなく、学校と軍の求心力は一気に低下してるわね」
「あの、私が去った後、グランゼウスとトランドルはお咎めがあったのでしょうか?」
「いえ、取り潰し、爵位剥奪、領地替え、罰金の徴収、表向きは何も聞こえてこないわね。ただ、あなたが忽然と消えただけ」
タブチさんの情報通りだ。頭の隅でタブチさんの評価が上がる。
「アルマちゃんは?」
女の子をたった一人残してきてしまった。
「アルマは歯を食いしばって踏ん張ってるわ。あなたが戻ってくる場所を死守すると。そしてそんなアルマを同級生全員で支えてる」
アルマちゃん、愛されてるな。アルマちゃんの人徳。さすがアルマちゃん。でも……
「戻ることなんて無理です。私は殿下だけでなく、学校の、軍のトップである将軍閣下に剣を向けた。騎士学生は下士官と同等。上官にたてついた私は退学の上投獄でしょう?」
「セレフィオーネの立場は何故か保留よ。誰も決断を下せずにいるみたいね。単位は余るほど取ってたんでしょ?一応3年生に籍を置いてるわよ?」
「閣下……なんて中途半端な……?」
示しがつかないだろうに。
「そうだ!コダック先生!先生、私を逃がすために盾になってくれたんです!」
「先生はしばらく休職されて……今の話を聞くからに大怪我をされたのね。でももう教壇に戻っていると聞いてる。処分されたとも聞かない。学校側はその事件が最初からなかったようにしたいのかしら?臭いものには蓋?コダック先生は生徒を守ろうとしているんでしょうね」
グランゼウスもトランドルも、お父様もおばあさまも表面上何も変わらず過ごしている。私がいなくなったことを正面切って尋ねる勇者はいない。お二人は、ハラワタ煮えくりかえりながらも静観してるってとこ?
はあ、何これ。大ごとにしてパパンとおばあさまを敵に回したくない。でも次々放たれる刺客を考えると私はこっそり殺したいってこと?契約者だから?
シュナイダー殿下、天才の考えることはさっぱりわかんないわ。
「セレフィー、私が力になる。これからどうする?」
「……とりあえず聖獣様から時を待つようにと言われていますので、鍛錬に励みつつ、指示待ちです」
「そう。それしかないか……」
◇◇◇
「ガンさーん!」
「ゴールドにーさーん!ヘビねーさーん!」
前回ミユとのんびり3カ月かかった道のりを二週間で駆け抜けて到着したマルシュ大陸の北の波止場で、ガンちゃんが待ち受けていた。
「ゴールド兄さん?」
「はい、レーガン島では素性をかたらなかったからプレートの色で呼ばれてます」
「そっちじゃなくて、兄さんって何?」
「女だとバカにされるってアドバイスを受けたので、兄さんになりました!」
「ひょっとしてそのために髪切ったの?」
「はい!」
「……これで男装したつもりなの?ますます撫でくりまわしたくなるかわいさになっただけじゃん……無駄なことを……」
『…………!!!』
「精霊様も……苦労が絶えませんわね」
あれ?エリスさんとミユたん、頷きあって、なんで話通じてんの?
ガンさんの船でレーガン島に渡る。追い風マックスでグングンとスピードは増すけど、海は凪いでいて全く揺れない。
「さすが!聖女様!」
やっとこ追いついて船に飛び乗った聖女さんの手下ABが手を合わせる。
いや……多分東海王者のおかげだぞ?まあでも聖女伝説が増えるならいっか。エリス姉さんが動きやすくなる。
船から降りると、1年ぶりの町長が出迎えに来ていた。
「お久しぶりです。町長アンドギルド長」
「お久しぶりでございます。ゴールド様。巫女様をお連れいただきありがとうございます」
「このお方をどなたと心得る!巫女どころではない!今代の聖女様であらせられるぞ!」
はい、金髪神官さんAのアダ名、カクさんにけってーい!茶髪のBの方はスケさんでオーケー?
「せ、聖女、様?」
「はい、聖女様がレーガンの島神様のためならばと、出向いてくださいました」
「せ、聖女さまあ?」
ガンさんが慌てて頭を下げる。町長と秘書?もそれに続く。
「皆様、楽にしてください。神々に祈ることこそ私の本来の仕事。ゴールドに声をかけてもらえて光栄に思っております」
エリスさん、トドメの聖女スマイルで島の皆さんとスケさんカクさんを撃ち抜いた!
ああ……トランドル邸で笑顔の練習をしていたころが懐かしい。
こんなに……おばあさま色に染まってしまって……
神殿には明日赴くことにして、夜は聖女様のご来訪を祝して宴になった。
テーブルには海の幸が所狭しと並ぶ。東海王者万歳!
聖女様の周りには二重三重の輪が出来ている。大喜びの街の人々を眺め、私は視線を窓の外に移す。潮騒の音が響く。
エリスさんから聞いた情報が頭をグルグルと駆け巡る。
お父様……お兄様……
「よろしいですかな?」
町長が隣にやってきた。
私の肩で寝ていたミユが片目を開けたが、私がポンポンと彼女の身体を叩き、問題ないと合図をすると、再び目を閉じた。
「明日の神事を考えてらっしゃったのですか?」
「いえ、神事は成功間違いなしよ。聖女様がいるんだもん。安心して!町長兼ギルド長」
「ああ、私はギルド長は退きました。あなた様に資格なしと言われ、その通りだと。あ、恨み言を言うつもりではありません!そもそも町の益を優先する町長と冒険者の益を優先するギルド長は両立する立場ではなかったのに、私が考えが浅かったのです。」
「……」
「一年前……あなた様がこの街に現れて……この街の止まっていた時間が動き出しました」
そんな感じはした。
「我々は変化を嫌っていた。変化を恐れていた……」
「…………」
「あなたは新しい風どころか暴風だった」
「……そう」
「しかしあなた様は滝の神に認められた身、憤懣やるかたない思いで受け入れるほかなかった。我々は変わるしかなかった」
「なんか……すいません?」
町長はゆっくり首を振った。
「それが正しかったかどうかなど分からなかった。しかしあなたは今日聖女を連れてきた。神殿関係者などこの数年見たことのない、見捨てられた土地に」
室内に目をやると、少し小さめの赤ちゃんをエリスさんが抱いてキスしている。母親と思しき人物が涙を流し、頭を下げている。
「民が聖女を囲み、あのように喜んでいる。変化は正しかったのだと、今日確信いたしました」
町長が居ずまいを正し、両手を付いた。
「ゴールド様、町民を代表し、御礼申し上げます。いつの日か、あなた様が本当のお名をお教えくださるまで、私どもはこう呼びましょう。『宵闇の暴風姫』と!」
ぜっったい、イヤ!!!
次の更新は週末です。




