53 セシルが役にたちました
四人ともダンパ用のドレスを選び終わり、採寸したあと、マーカス夫人からお茶とお菓子をもてなされた。流石、羽振りがいいだけあって、お茶もお菓子も超一流だった。
ルーは時折耳をピクピク動かして、聞き耳をたてながら、私の足元で昼寝中。
ワイワイと女子トークで盛り上がっていると、急に表が騒がしくなった。
「ちょっと失礼します」
マーカス夫人が応対に席を立った。なかなか戻らない。
クローズの札のかかった高級服飾店に強引に入り込む客、少し興味がわき、女子はそっと店頭を覗き見る。
そこにはいかにも勝気そうな、金髪縦ロールの少女が、お付きの女性を三人引き連れて、夫人に何か言い募っていた。
「すごい……ザ、ドリルだ……。」
「ドリルって、セレフィーよくドリルなんて知ってるね?」
ササラが驚く。
「ザ、ドリル貴族ってとこ?アルマ、あれ誰?」
エリスがアルマに問うが、
「すいません。わかりません。面識なくて」
「侯爵令嬢が知らない貴族令嬢ってアリなの?」
「私、貴族令嬢らしいこと、何一つさせてもらったことないんで……」
ついつい私達は冷たーい視線を、お菓子を優雅に楽しむ侯爵令息に浴びせる!
「ひ、ひぃ、すいません!」
セシルが慌てて私達のそばに駆け寄り、私達の視線の先を覗き込む。
「彼の方は……」
「知ってるの?」
「彼の方は、ガードナー第二王子の婚約者、イザベラ・バース侯爵令嬢です」
……私の代わりに……ポンコツ王子の婚約者になってくれたお方……
「セシル、王家フリークをここで披露してみせてよ」
アルマちゃんが低ーい声で促す。
久しぶりにアルマちゃんに話しかけられて、セシルは喜色満面だ。
「イザベラ様はガードナー殿下の一つ年下、私やアルマと同い年の14歳です。現在学院の一年に在籍中です」
「どうしてイザベラ様が婚約者に選ばれたの?」
「王妃様の推薦と聞いております」
バース侯爵は革新派の中心人物だったかな。
「将来王妃になるかもしれないんだよね。優秀なの?」
「魔力測定は普通級で、確か風魔法が得意だと聞いたことがあります」
「殿下との仲はどうなの?よろしいのかしら?」
「えー…………」
「「「「セシル!」」」」
「学院に、魔力が超上級の平民が特待で入学しまして……殿下は大変その女子生徒に興味をお持ちで……最近はあまりイザベラ様とご一緒にいることがないような…………」
マ、マリベル来たあああ!
まさか!セシルが役に立つ日が来るなんて!
「セシルはその超上級の生徒さんと会ったことあるの?」
「せ、セレフィオーネ様に話しかけられるなんて……はい。殿下のお茶会で!」
「え、婚約者いるのに他の女子呼んだの?ドリル貴族立場ないじゃん!」
マトモのど真ん中をいくエリスさんが呆れてる。
「呼ばれて宮殿に行く平民もスゴイわ……貴族の家に行くのはエルザ様んちだけで充分」
ササラさんの身体が急に小刻みに震える。
セシルはリスト対象者。私たちの想定ではマリベルに骨抜きにされたはずだ。
「セシルの感想聞かせて。どんな人だった?」
「まあ、ただの平民ですね」
「へ?」
「出た。セシルの貴族至上主義!」
「アルマ!違う!私が言いたいのは、特に記憶にも残らなかったと!私は既に女神とお慕いする皆様方に出会ってますし。……何やら騎士なんてスゴイとか将来は団長ですね、とか持ち上げられましたが、強くもないことは身にしみておりますし、団長は長兄がなるだろうし、全く心に響かないというか……」
「つまり?」
「皆様方に感じるような、踏み潰してほしい!めちゃくちゃにしてほしい!という感情が微塵も起こらなかったのです。ササラ様、決して平民をバカにしたわけではありません!お怒りなら、どうか、どうか、罰してください!蹴って!ぶって!」
「「「「…………」」」」
特に、記憶にも、残らない?
そんなことありえるの?マリベルと直に接しておいて?
これって、ひょっとして……
『かかと落としか?』
ルーが呆然とする。私と目が合うと両前脚で必死に頭を隠す!
かかと落としで脳にダメージが入り、〈補正〉が効かなくなったってこと?
これは……一回検証すべき案件だよね?
『セレ、待て、待ちたまえ。ウエイト!ストップ!アイザックとも話し合おう!もしセレのかかと落としで、我が、えむ、になったらどう責任取るつもりだ!』
「ルーならMでも大好き!」
『いや……しかし……』
パタン。マーカス夫人が戻ってきた。
「どんな具合ですか?」
「はあ、さるご令嬢なんですが、学院のパーティーのためにどうしても新作のドレスがいるのだと。予約でいっぱいでお引き受けできないと言っても、どうしても負けられない相手がいるのだ、なんとかしろ!鬼気迫るものがありまして……」
「…………」
「殿下も……罪作りね」
エリスさんが首を振る。
「私、心底〈魔力なし〉でよかった。貴族の社交に出さないでくれたお爺様に初めて感謝だわ」
そうか、アルマちゃんは侯爵令嬢。婚約者になる可能性もあったんだ。
いろいろな人を間接的に救ってくれているイザベラさん……早めに恩を返しとこうかな。
「マーカス夫人、私に任せてくださらない?」
◇◇◇
「初めまして、私、弊社の筆頭デザイナーのフィオと申します。お嬢様、この度はご希望に添えず、申し訳ありません」
「だから、なんとかしてちょうだい!代金なら二倍、いえ三倍払うわ!なんとしてもあの女よりも素晴らしいものを着て、殿下を取り戻さなければ!」
「お金の問題ではないのです。お針子が圧倒的に足りませんの。誠に申し訳ありません。お詫びと言ってはなんですが、こちらにかけてある既製品を、この私、筆頭デザイナーがお嬢様だけにアレンジします。世界にたったひとつのドレスになりますわ?いかがでしょう?」
「筆頭デザイナー?」
「はい。モノトーンシリーズは私がデザインしました」
「まあ……」
「筆頭デザイナーがお嬢様だけに!」
「まあ……」
「お嬢様、ピンクやフリルで競ってはなりません!お嬢様は華やかお顔、そのお顔が引き立つように、ドレスは引き算です!パフスリーブもダメ!濃紺のシュッとしたラインでいきましょう!」
「でも、貧相ではなくて?」
「貧相ではなく清楚です。お嬢様がお召しになるだけで、質がいいものということはわかりきっているのですから!そして、このスカート部分に大胆にスリットを……ビリッ!」
「きゃあ!」
「マーカス夫人、スリット部分をレースで覆って頂戴。チラリズムです」
「チラリズム!素晴らしい!お嬢様、間違いなく新しい流行が今始まりました!お嬢様は時代の最先端ですわ!ああ、フィオ様素晴らしい……」
「そ、そうなの?」
「装身具はパールがベストです。きっと素晴らしいものをお持ちでしょう?」
「え、ええ……」
「お化粧も、もっとベースを丁寧に、そして、目元をベージュで柔らかく……」
「まあ……」
「………」
「……」
◇◇◇
「セレフィオーネ様、ありがとうございました!満足してお帰りになられましたわ」
「セレフィーすごい!魔法使いのおばあさんみたいだった」
「ああ……セレフィオーネ様、強いだけでなく なんと多才……イザベラ嬢に情けをかけられる懐の深さ……、はっ!セレアル総会に報告案件だ!メモメモ」
「まあ、衣装を変えただけじゃ寵愛は移んないかもしれないけど……王子の婚約者って立場はなかなか孤独なんだよね……推測だけどね。だから、せめてステキなドレス着て、王子の同伴がなくても堂々と歩いてほしい」
まともな化粧をして、ドリルを解いたイザベラさんは、普通のいいトコのお嬢さんだった。魔力はそれほどなかったから、戦争に担ぎ出されることはないだろう。私のように、『人殺し』となじられることはないと……信じたい。
王子の婚約者としてのプレッシャー、非協力的な王子ゆえの無力感、孤独。あんな思い、他の誰かにさせるつもりなんてなかった。
誰かの犠牲の上に幸せになろうとする……私。
許して……イザベラさん……




